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ラ・ロシェールの街は、アルビオンとトリステインを繋ぐ港町として栄えているが、元々は戦争のために作られた砦であった。 現在は宿として使われているが、この街一番の宿『女神の杵』亭は砦を改装した店だと言われ有名である。 ふだんは旅行客と船乗りを相手にするラ・ロシェールの酒場も、神聖アルビオン帝国との戦いを目前に控えた現在、客層は兵士・傭兵・人夫・商隊がほとんどであった。 娼婦達も稼ぎ時だとばかりに馴染みの酒場へ出かけ、客をとっては宿へ行き、金のない者は倉庫で済ませ、あげく人気のなさそうな路地へと引き込むものもいる。 そんな娼婦達にも、近寄るべきではない場所というものがある。 たちの悪い盗賊や人攫いが、寂れていそうな酒場に集まると、すぐに女達の噂となり、ごく自然にその一角から姿を消していく。 彼女たちはお互いが商売敵ではあるが、互いの境遇から来る同情心と、身を守るための仲間意識を捨てた訳ではないのである。 だからこそ、女たちの近寄らない酒場の裏手から、華奢な女が出てくるというのは、同業者にしてみれば異常な光景なのであった。 (嫌な視線ね…) ルイズは自分に向けられた視線を気にして、フードの端をつまみ深く被り直した。 とぼとぼと夜の街を歩きながら、自分がここに来た理由を思い出していた。 (表面上は平和でも、裏通りは油断のならない街だわ) ラ・ロシェールを警備する衛兵達は、衛兵と自警団だけのは治安の維持に限界があると考え、市内の管理を任されているメルクス男爵に改善の措置を訴えていた。 しかし、提出された嘆願書はもみ消された。 アルビオン人(戦争前にアルビオンから疎開した者、戦時にアルビオンから逃げ出した者)と旧来のラ・ロシェール住民の間に、意図して対立を深めようとする第三者の行動があると分かっていながら、それを無視するのがどうにも不可解であった。 また、着の身着のままアルビオンを脱出した者は、行き場もなく飢えに苦しんでいる。 ウェールズの纏める亡命政権が、旧来のアルビオン民と連絡を取り合い救済に奔走しているが、食料も場所も用意できてはいない。 奴隷商人や人さらいの餌食になっているのが現状であった。 傭兵もまた、雇われたからといって、命令通りに戦うとは限らない。 商人と結託し、トリステイン軍の内情をアルビオン帝国に売ろうとする者も出てくるだろう。 最悪、補給線の崩壊もありうるのだ。 ラ・ロシェールの街は補給を行う上で重要な拠点だが、王宮の目が行き届かない場所でもある。 アンリエッタは戦争を機に、ラ・ロシェールに信頼できる銃士隊を送り込んで監督をさせようかと思ったこともあるが、ウェールズが反対した。 船乗りの集まる街の気風は、ウェールズのほうがよく知っている。 少しでも疑問があるなら念入りに調査するべきだが、監督という名目では現地の人間と軋轢を生むのは得策ではないと忠告した。 マザリーニもそれには同意見だが、どの貴族も戦争の準備で忙しい上、銃士隊も魔法学院の警備・訓練で手一杯。 魔法衛士隊やトリステイン軍を使って内偵を進めるにも、顔が広い貴族がいてはやりにくい。 なので、ルイズがこの件に興味を持ったのは渡りに船であった。 (それにしても、やっぱり、話し相手が居ないと寂しいわね) ルイズは無意識のうちに、今は背中にない鞘の感触を確かめようと背後に手を回していた。 (お父様が時々呟いた言葉、今ならよくわかる) ルイズの記憶には、父であるヴァリエール公爵の言葉がこびり付いていた。 『兵を食わせなければならない』単純だが、自分が生き血を必要とするように、普通の人間には食事が必要だと再認識すれば、その言葉はとても重くなる。 貴族・国家が集めた傭兵の数は膨大であり、食料の確保だけでも一つの事業と言える。 『まず食糧、次に人数』 そう言ったのは父だろうか、父と話している誰かだろうか、はっきりとは思い出せないが、とても重要な言葉だと思えた。 ずっと昔に父や、近しい人から聞いた話が今頃になって重要な話しだと解る。 おそらく自分が魔法学院に残っていたら、この記憶が引き出されることも無かっただろう。 皮肉にも父親から離れて初めて、父母や家庭教師の何気ない言葉が、大切な知識だと思えてくる。 でも、ウェールズやアンリエッタよりずっと自分は幸福な気がする。 たとえ会えなくても、家族は元気でやっているのだから。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ラ・ロシェールの朝は早い。 北側の岸壁は朝焼けで赤く染まり、反射光が街中を優しく照らしだすと、夜を生きる人々は眠りにつき、昼を生きる人達は仕事の準備をする。 日が昇るにつれて人通りが多くなり、店の軒先には果物や野菜が並び始めた。 街道沿いの店で、今日最初の客がリンゴを買う、客はラ・ロシェールは初めてなのか、桟橋の場所を店主に聞いて店を離れていく。 店主は、今の客は旅慣れているようだが傭兵には見えない、貴族でないメイジかもしれない等とくだらない想像をめぐらして見送る。 そんな朝のひとときに、本日一軒目の事件が起きた。 「おう!こいつ、俺にぶつかって財布を盗もうとしやがったぞ!」 「なに、ふざけるな!」 店主が声の方を見ると、大柄で色黒の男が、身なりの良い男の腕をひねりあげている姿があった。 多くの人はこんな光景に慣れており、またスリが出たか、最近は特に多いな、と思う程度だった。 「それにしても身なりのよさそうな奴がスリなんてなあ、その服を売れば多少の金になるのに」 「おい、また泥棒が出たのか」 「またアルビオンの奴らか」 「いや、どうもそうじゃあないんだ、同じ奴が何度もやられたって叫んでるらしい」 「なんだそりゃあ」 どこからともなく聞こえてきたその噂は、静かにラ・ロシェールの街で広まっていった。 衛兵の詰所は世界樹に近い高台にあり、街道沿いの壁を繰り抜いて作られている。 奥には倉庫、牢屋、そして見張り台に通じる階段があり、そこからラ・ロシェールのほとんどを見下ろすことができた。 朝から見張りを続けている衛兵は、岸壁に映る影の角度から昼飯が近いのを知る。 そろそろ交代の時間だ、ようやく休憩だ、昼飯だ。と考えながら後ろの階段を見た。 丁度良く交代の衛兵が上がってくる、今日も時間ぴったりだなと言って、弓矢を壁際のテーブルに置いた。 「おいアルヴィン。交代だぞ」 「やっとか。今日は騒がしいみたいだな」 「さんざん騒がれたスリが、ついさっき捕まった。仲間割れを起こして何人か殺してるらしいぞ。休憩してる暇はなさそうだな」 「げえ、何て日だ。戦争も近いってのによう」 「早くいけよ、隊長にどやされるぞ」 「へいへい」 アルヴィンと呼ばれた衛兵が階段を降りると、詰所の正面に人だかりができているのが見えた。 入口前の歩哨が「見世物じゃないぞ」「さあ散った散った、通行の邪魔だ」と言って人だかりを散らしている。アルビンは興味なさそうに詰め所の奥へと入っていき、とっとと硬いパンを食べることにした。 詰め所の一番奥には牢屋があり、今しがた逮捕された男は手枷をはめられて牢屋に放り込まれている。 その目前には見張り用のテーブルと椅子があり、衛兵隊の隊長は銃士隊の女に椅子を譲って、事情を聞いていた。 隊長は白髪混じりの髪を後ろで纏めた初老の男性で、顔にはナイフで切られたような傷もあり、傭兵団の隊長と言われても違和感のない厳しい顔をしている。 銃士隊の女性は、戦えるとは思えない華奢な体付きをしているが、男を軽くひねり上げる実力はたった今証明されたばかりである。 「ご協力に感謝いたします。まさか銃士隊の方に来ていただけるとは思ってもいませんでした」 「成り行きとはいえ、これも仕事のうちよ」 この男を逮捕したのは銃士隊のロイズ(ルイズ)である、衛兵隊の隊長は逮捕の一部始終を聞いて呆れ返った。 銃士隊であるロイズをスリ呼ばわりしたので、股間を二三度蹴り上げて昏倒させ、衛兵の詰め所に連行してきたらしい。 うつろな目で宙を見ている犯人は、よほど強く蹴り上げられたのか、文句ひとつ言わず牢屋へと連行されていた。 「銃士隊の方が逮捕してくださるのは有難いですが、我が衛兵隊の不甲斐なさが露呈したようで大変申し訳無いことです。この男が根城にしていた酒場で死体が見つかりましたが、あなたが逮捕してくれなければ逃げられていたかもしれません」 「こいつがドジなだけよ、さっさと逃げずに欲をかいたのね」 「まったくです」 ところで隊長さん…ラ・ロシェールは衛兵が足りていないと聞いているわ。その点、どうなの?」 「おっしゃるとおり、自警団と協力しておりますが、平民ばかりでは限界があります」 「伯爵には訴えなかったの?」 「ラ・ロシェールは、メルクス男爵が実質的に統括しておられます。何度か窮状を訴えましたが、考え過ぎだとか、桟橋の警備で手一杯だと言われまして」 「それは…」 「人も金も足りないのは分かっているのです。しかし、現実にこういった争いが積み重なって、暴動に発展する恐れがあります、それだけは避けたいのです」 隊長の表情からは、苦労がにじみ出ていた。 「隊長さん、あなたにとっては大変つらい知らせだと思うけど…」 ロイズ(ルイズ)は、銃士隊である自分がここに来た理由を説明した。 衛兵たちが達が提出した嘆願書に応じてこの街に来たのではなく、嘆願書が破棄されていると報告があったので内偵に来た。 王宮へ届く報告書は『貴族の手で安全を維持され、万全である』という内容だが、この矛盾は何であるのかを調べるという。 場合によっては街の治安に関わるメルクス男爵の内偵も進めると聞き、衛兵隊長は両拳を握りしめて、悔しさに耐えていた。 「直属の上司たる男爵に疑いがあっても、我々には直接どうすることもできません。どうか、この街のためにも、真実を明らかにしてください」 「…あなたは、ずっと衛兵を? 失礼かもしれないけど、あなた言葉に品があるわ。執事の経験があるみたい」 「私の父はメイジの傭兵団で身辺の世話をしていました。私も父の手伝いをしていたので、よく可愛がられたものです。言葉遣いはその頃に習いました」 「だから嘆願書を書くなんて知識があったのね」 「ええ。傭兵団が解散した時、故郷であるこの街に戻って来ました。父は報告書を書くのに役に立つと言われ衛兵になり、私も同じ仕事しようと思っていました。この街は、私と父の思い出で溢れているのです」 「……そうなの」 ロイズ(ルイズ)は何か心に感じるものがあったが、それが何なのか言い表せなかったので、余計なことを考えないようにと表情を固くした。 「ええと、それじゃ、そろそろロバートって子を預かっていくわ」 「はい、あの子にも悪いことをしました」 「ねえ隊長さん。 …ロバートが財布をすったって話、信じたの?」 「言わないでください。私も、悩んだのです」 パンをかじっていたアルヴィンは、奥の部屋から隊長が出てきたのを見て、どっこいしょと椅子から立ち上がり敬礼をした。 「隊長。アルヴィンです。見張りをコーラスに引き継ぎました」 「ご苦労、しばらく休んだらリック達と『金の酒樽亭』に”掃除に”行ってこい」 「掃除…つーと、あのボロ酒場でまた?」 「喧嘩じゃないぞ。奥の倉庫で五人死んでる、盗賊の仲間割れだ。ひどい有様だよ」 「うへえ。了解しやした」 飯を食ったあとに死体を片付けるのは嫌だが、仕方がない。 「そういや、誰か捕まえたって話で?」 「ああ…それはな」 と、隊長が言いかけた所で、奥の扉が開き、フードを被った女が少年を連れて牢屋から出てきた。 「ほら、ロバート。胸をはりなさい。あんたの疑いは晴れたんだから」 「……」 女が少年の背中を軽く叩くと、少年は歯を食いしばりながらも、目の前に立つ隊長を見上げるようにして胸を張った。 「君の疑いは晴れた、もう行ってよろしい」 隊長がぶっきらぼうに告げると、女は不満気に腕を交差させた。 「あら、隊長さん、それだけ?」 「それだけ…とは? あ、いや、そうだったな。ロバートの名誉を回復することをここに宣言する。後ほど君が厄介になっている酒場へ行き、改めて説明させてもらおう」 「隊長さんはそう言ってるけど、あなたはそれでいい?」 女が少年の顔を覗き込むと、ロバートは汚れた袖で涙を拭う。 「いい、早く帰りたい」 ロバートはそう呟くと、ぐっと両手を握りしめた。 「…じゃ、後のことは任せるわ」 「はっ」 敬礼で二人を見送ると、隊長はふぅと息を漏らした。どうやらかなり緊張していたらしい。 「隊長?今の女はいったい?」 ためらいつつも、好奇心に負けたアルヴィンが聞く。 「ああ、あんまり本人に聞こえるようなところで言うなよ、ありゃ女王陛下直属の銃士隊だ。俺たちがちゃんと働いているか見に来たんだとさ」 「そりゃまた、厳しいことで」 アルヴィンが軽口を叩くと、隊長はふと思い出したように呟いた。 「そうだな、アルヴィン、これから話すことを休憩中にでも仲間に伝えてくれ。巡回中にもこの件について質問されればなるべく答えるように」 「へい」 「、アルビオン難民ならびに疎開民と、ラ・ロシェール市民の対立を目論んでいたらしい。ラ・ロシェールを荒らすよう雇われていると自白した」 「今のやつがですか」 「何者かに金貨で雇われたらしいが、その取り分で仲間割れを起こして『金の酒樽亭』に死体が転がってる。さっきの女は銃士隊の一員で、この件には偶然関わったんだと」 「なるほどねえ、この街にもアルビオン帝国の間諜が入り込んでるってことですかい」 「そうなるな。手口は、いわゆる狂言スリだが、なにせ被害者の数が多い、銃士隊からは『被害者の名誉回復に努めよ』ときつく命令されたよ」 「わかりやした」 アルヴィンは、道理で隊長のしかめっ面がいつもより厳しいはずだ、と納得して詰め所の仲間のもとに向かった。 隊長はそれを見届けると、緊張が解けたのか自然と深呼吸をしていた。 「つれぇなあ」 隊長は、誰に言うでもなく呟いた。無性にエールを飲みたい気がした。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「ロバート!よく帰ってきたねえ、ほんとうに大変な思いをさせたね。お腹が空いているかい?すぐ何か作ってやるよ」 酒場の女将がうれしそうに目元をほころばせて、ロバートを抱きしめた。 ロバートは少し苦しそうだが、決して嫌そうではない。 「おばさん、苦しいよ。このお姉さんが屋台で買ってくれたから、食べ物はいいよ」 「ああ、ごめんよ。つい嬉しくてねえ。あんたもよくやってくれた。銃士隊のロイズさまさまだ、今日はいくらでも飲んでおくれ」 ルイズは自分がロイズと名乗っているのを思い出しつつ、女将の豪快な言葉に苦笑した。 「これも仕事のうちよ。まだやることがあるから夕食は遠慮するわ」 「食べて行かないのかい?そんなんじゃ筋肉はつかないよ」 「ややこしい用事があるから、また時間のあるときに来るわ。ロバートもその時また会いましょう、元気でね」 女将から解放されたロバートがルイズを見上げる。 「おねえちゃん、ありがとう。でも、俺だけじゃなくて、もっと嫌な思いをしてる奴が居るんだ。俺はコーラのおばちゃんを知ってたからいいけど、友達は、どこに行ったかわかんない。わかんないんだ」 ルイズは、思わずロバートの前に跪いて目線を合わせた。 「私はそれを調べに来たの。もし、あなたが知っていることがあれば、教えてくれない?」 「……人買い」 「人買い?」 「この街の、東の山間にある貴族の家、あそこに出入りしてる奴、人買いなんだ。絶対そうだ、あいつら、アルビオンから逃げてきた俺達を捕まえてるんだ」 「その話、もっとよく聞かせて」 ルイズの目付きが鋭くなったのを、女将は見逃さなかった。 「ロバート、その前にあんたは体を拭いて、着替えてきな。鼻声で何言ってるか分かりゃしないよ」 「う゛ん」 「ノミが付いてたら困るから、ちゃんと洗うんだよ」 ロバートはぐしっ、と鼻を袖で拭うと、酒場の奥へと駆け込んでいった。 「悪いね。この話は、あたしから先に伝えておこうと思ってね」 女将はいつの間にかワインを開けて、ルイズと自分の分を準備していた。 客の居ない酒場で、丸いテーブルの上に置かれたワインがふわりと香った。こんな酒場にあるのが不思議な上物のワインだとも分かる。 「一杯ぐらい飲みなよ」と言って女将が勧めるので、ルイズは酒の価値に気づかないふりをしつつワインを口に含んだ。確かに上物だった。女将なりの御礼なのだろう。 「本当はね。銃士隊だからといって信じられなかったんだ、あたしたちのためにロバートを取り返してくれるのか、どんな手で取り返すのか、それが疑問だった。悪いね疑い深くて」 「本当ならアニエスに来て欲しかったんでしょう? 銃士隊としてではなく、友人として聞いて欲しい話があった。違う?」 「その通りさ。そのへんを理解してくれると助かるよ。」 「…で、そこまで用心深くなる理由は?」 ルイズがそう聞くと、女将は神妙な顔つきになって、小声で話しだした。 「まず聞くけど…ロバートは狙われたのかい?それとも偶然に疑いをかけられたのかい?」 「偶然、よ。狙われる理由でもあるの?」 「ロバートと同じ時期に疎開してきたアルビオン人には子供もいたが、身寄りがなくてね、この街の実験を握ってるメルクス男爵の屋敷に連れていかれたのさ」 「男爵の屋敷に…どうして」 「仕事ができる場所や孤児院を紹介するって名目で連れていかれたのさ。だけどロバートは見ちまった。男爵の屋敷から、アルビオンで見た奴隷商人が出てくるのをね」 「それって、男爵と奴隷商人が結託してるって事?」 「ああ、その通りさ。ロバートはその子らに会って、ここから逃げようと説得したんだが、衛兵に追い出されてねえ。それから数日して、逮捕されたわけだから、あたしゃ肝を冷やしたよ」 「そういう事情があったのね…」 「あたしは、傭兵上がりってだけじゃ信用できなくてね。お偉い貴族に雇われていい気になる奴を見てきた、だから」 「アニエスに紹介された銃士隊といえど、すぐには信用しなかったって訳ね」 「悪いね」 「それぐらいの用心、アニエスなら『当然だ』で済ませるわよ」 ルイズは笑って答えると、ワインを飲み干した。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 夕方。 世界樹に停泊しているトリステイン軍の軍艦内では、トリステイン軍の軍議が開かれていた。 大型戦艦の中に設置された会議室では、教導士官、技術士官、軍参謀など、二十名ほどが集まり、物資搬入が予定通り行われているか、人員は、将軍はいつ乗艦するのかと報告を受け、最終的な打ち合わせをしている。 その中には、レキシントン号の艦長を務めた、サー・ヘンリ・ボーウッドの姿もあった。 彼は上官の命令に従い、反乱軍として王党派と戦ったが、トリステインとの戦いに負けて捕虜になった男である。 教導士官には相応しく無いという声もあったが、トリステインはアルビオン空軍の戦略、戦術を知る必要があった。 ウェールズ皇太子とはじめとするアルビオン亡命政権と、アンリエッタ女王陛下の助言、そして本人の強い希望により、ボーウッドは教導士官に任命されたのである。 もちろん皆が納得するわけではなかった、「敗軍の将は何をお考えですかな」と皮肉を込めてボーウッドに質問する将校もいた。 しかし打てば響くように、ボーウッドは軍務関係の質問であれば難なく答えてしまう、豊富な経験に裏打ちされた知識は、士官達の関心を引き、尊敬の念すら抱かせたのだ。 護衛として壁際に立つワルドも、ボーウッドの言葉には学ぶものがあった。 彼の上官が無能でなければ、トリステインは前回の戦で負けていただろう……素直に、そう思えた。 その日、月が高くなる時間になって、ようやく軍議が終わった。 士官達は、ラ・ロシェールの駐屯地に戻って行ったが、ボーウッドだけはラ・ロシェール領主から晩餐会に招かれ、領主の屋敷で宿泊することになっている。 晩餐会に出席させてやるから軟禁は我慢しろ、という意図があるのだが承知のうえである。 ボーウッドはワルドと共に馬車に乗り、屋敷へと向かっていった。 コツコツと蹄の音が、ガラガラと車輪の音が聞こえる馬車の中で、ボーウッドはふとワルドの顔を見た。 静かに馬車の外を見つめ、自分のことなど気にしているとは思えなかった。 「気になりますかな」ワルドが呟く。 「気にならぬといえば嘘になる。…正直に言えば、貴公とこのような形で同席するとは思わなかった」 「同意見です。見る者が見れば、おかしな組み合わせだと思うことでしょう」 ワルドは無表情で答えているが、どこか自嘲気味に見える。 「…祖国を裏切った者同士という事かね」とボーウッドが聞く、ワルドは今度こそ自嘲気味に笑った。 「はは、慣れませんか」 「慣れないな」 少しの間、がらがら、がらがらと馬車の音だけが響いた。 「私も、正直に言えば慣れません。しかし…」 「しかし?」 「裏切るよりも、辛い生き方を知りました。裏切り者として祖国の貴族から非難されても、大した事ではないと思えたのです」 「なるほど」 すこし間があって、膝に肘をつくようにしてワルドに顔を近づけたボーウッドが、重々しく声を出した。 「これは…私の個人的な興味として、聞いてみたいのだが。君は最初から二重スパイだったのか。それとも途中で?」 「後者です」 ワルドは躊躇わずに答えた。 それが予想外だったのか、ボーウッドの目に一瞬動揺が浮かんだが、すぐに気を落ち着けて背もたれに体を預けた。 貴族は名誉を重んじるが、名誉のためならば多少の不都合は目をつぶるという一面もある。 彼と、トリステインと、レコン・キスタの間にどんな関わりがあったのか、どんな理由があって彼が今の立場にいるのか、そんな事を聞いても正直に答えてくれるはずはないのだ。 「…余計なことを聞いたな」 「いえ」 それから間もなく、ボーウッドとワルドを乗せた馬車が、ラ・ロシェール伯の別邸へ到着した。 ラ・ロシェールは港という性質上、王宮が直接統治している土地であり、ラ・ロシェール伯爵はある種の名誉職として扱われている。 何百年も前に、トリステイン大公の別荘として立てられた宮殿を現在でも用いて、ラ・ロシェール伯の別邸として利用されているのである。 馬車が門をくぐり抜け、庭園を超えて正面玄関に到着すると、魔法衛士隊のマントを着たワルドが馬車から降り先導を務めた。 表情には出さないものの、晩餐会に招かれた貴族の中にはワルドを嫌うものもいる。 トリステインを裏切り、仲間を殺した男である以上、蔑むような視線は当然だろう。 晩餐会は立食の形式で行われた、ラ・ロシェール伯の挨拶が終わると、ボーウッドは空軍関係者に親しげに声をかけられて、歓談に興じた。 船上では、上官の命令に過不足なく答えることが唯一絶対であると聞いたが、そういった気風はトリステインもアルビオンも変わらぬらしい。 歴戦の勇士であるボーウッドは、間違いなく尊敬を集めているようだ。 「お客様、本日はガリア産のリキュールと、タルブ産のワインに良いものがございます」ワルドはふと、その言葉が自分に向けられたものだと気づいた。 銀製のトレイを持ったメイドに酒を勧められるなど久しぶりだが、ボーウッドの護衛と監視があるので酒は飲む気がしない。 「酒はいい。果実を絞ったものはあるか」 「赤いオレンジが冷えております、他にも…」 「それでいい」 「かしこまりました」 不思議と、飲み物をもらうだけの会話で、少し気が晴れる気がした。 「…僕に話しかけてくれるのは、メイドだけか」 カタカタとデルフリンガーが揺れ、ワルドだけに聞こえるような声でつぶやく。 『遍在じゃなく、自分が嬢ちゃんのところに行けば良かったんじゃねーか?』 「僕も今それを考えてた所だ」 デルフリンガーが人間なら、やれやれと言って首や手を振っていただろう。 『やれやれ、嬢ちゃんもおめーも、難儀な性格だ』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 時を同じくして、ラ・ロシェールの酒場では、釈放されたロバートを一目見に自警団が集まっていた。 「ロバートの疑いが晴れた!ラ・ロシェール万歳!トリステイン万歳!アルビオン万歳!」 「「「「「おおーーー!」」」」」 女将のコーラは「自警団全員が酔いつぶれちゃ困るよ!」と怒鳴るものの、うれしさは隠しきれていない。 自警団の団長は服飾の卸をしている初老の男性で、仕事でも見回りでも革製のエプロンを愛用している。ぷはぁエールを飲み干し、自警団の仲間たちを一括した。 「おい!酔っ払うのは後だ、見回りに出るぞ!」 「へい!」「おう!」「もう一杯!」「さあ行くか!」 自警団の面々は気合を入れると巡回に出発し、酒場は急に静かになってしまった。 「コーラ、ロバートの疑いが晴れたのは嬉しいがよ。この街でアルビオン人とトリステイン人を喧嘩させようって企ては終わっちゃいねえ、これから酷くなるかもしれねえ」 「わかってるよ、この酒場が狙われるかもしれないってんだろ?いざとなればこの子だけでも逃がすよ」 「安心しな!そんな事はさせねえ、何かあったらすぐ俺達にも連絡がくるように、今夜から酒場への巡回を増やす。なにか怪しいことがあったらすぐ伝えてくれ」 「頼りにしてるよ」 この街で、お互い古くからの付き合いがあるのだろう。団長と女将の間には信頼関係が見えた。 ロバートが「おっちゃん、ありがとう」と言うと、団長はロバートの頭に優しくてを乗せた。 「おっちゃん達がおめえ達を守ってやるから、安心しな。おめえの友達も、見つけたらちゃんと教えてやるからよ、な」 「うん」 ロバートの返事に気を良くしたのか、団長ははははと笑って、巡回に出た仲間たちの後を追って出ていった。 自警団と女将のやりとりを聞いて、酒場の奥を借りているルイズが感心のため息を漏らした。 「ずいぶん仲がいいのねえ、酒場って、厄介な人も来るけど、こういう人も集まるのね」 「旅行者も盗賊も、アルビオンに向かうのならこの街を通るからな。強い結束でよそ者を排除する必要があるのさ」 相槌を打ったのはワルド、もっとも彼は今晩餐会に出席しているので、ここにいるのは風の遍在である。 二人は木箱の上に座り、一日の出来事を報告しあった。 「私が捕まえたのは金で雇われた盗賊よ、誰に依頼されたかは探れそうにないわ。その代わりロバートって子から、目当てに近い話を聞けた。…メルクス男爵の屋敷に人買いが出入りしてるそうよ」 「本当か?だとすれば、早くそのことを知りたかったな。今僕は晩餐会に出席しているから、聞き耳を立てるには調度良かったのだが」 「晩餐会?」 「レキシントンの艦長、サー・ヘンリ・ボーウッドが教導士官に任命されたのは知っているだろう。ラ・ロシェール伯が彼を招いたんだ」 「…ふうん。自領を攻撃した戦艦の艦長でしょう?晩餐会に招いて暗殺なんて、よくある話よ」 「可能性は無いと言い切れないが…ボーウッドは他の士官にも一目置かれ、この戦いの鍵を握るといっても過言ではない。伯爵も暗殺されては困ると理解しているさ」 「実際、あなたの見立てでは、どう?」 ルイズの質問に、ワルドはあごひげを撫でながらううんと唸った。 「…勉強になる。これが素直な感想だよ」 「いいなあ。私も勉強したいかな」 勉強したい、というルイズの言葉から、寂しげな雰囲気を感じたが、余計なことを言って気にさせるのも悪かろうと思い、聞かなかったふりをした。 二人が黙ってしまうと、酒場から聞こえてくる喧騒がやけに響く気がした。 「…ねえワルド、ちょっと考えたのだけど、私って子どもっぽいでしょう?」 「子供ではないよ。君は十分に大人だ。ミ・レイディ」 「いじわる。それじゃ子供扱いじゃない。でも今回はそれが役に立つと思うの。孤児として屋敷に入り込むなんて、いいと思わない?」 「しかし、病気の有無ぐらいは調べるだろう。男爵は水系統のメイジだと聞いているし、君の体のことが…」 「たぶん大丈夫よ。考えはあるから」 「ならいいんだが」 「心配、してくれるのね。ありがと」 「ああ」 「そうだ…せっかくだから、乾杯しましょ」 「次は本体で飲みたいね」 二人は話を終えると、安物のグラスで乾杯した。 ルイズは念のため、ワルドに酒場の警備を頼むと、自身は酒場の二階から抜け出してある場所へと向かっていった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 町外れにある通路は、獣道と見紛うような細い道となり、雑木林の奥へと続いていた。 ここまでくるとラ・ロシェールは巨大な岩山にしか見えない。街の灯は隠れ、見上げても世界樹はちょうど岩陰になっている。 この場所が隠されている理由はすぐに分かるだろう。 林立する石碑や、乱雑に置かれた石、そこら中に立てられた杭、そして鼻を突く腐臭…。 そう、ここは行き倒れや、身元の分からぬ者が埋められた共同墓地である。 「おうぅうう、おおお…」 幽鬼のような唸り声を上げて、墓場を徘徊する女がいた。 「どこ、どこにいるの」と弱々しく呻いては、石をひっくり返そうとしたり、手で地面を掘り返そうとしている。 エプロンは泥で汚れ、指先はぼろぼろに荒れていた。 「あううあああ、ああああああ」 四十前の彼女は、飢えと涙とで顔をくしゃくしゃにして、まるで老婆のような顔をしている。 この地に埋められた子供を掘り返そうとするが、手に力が入らない。 諦めてまた泣くが、すぐにまた地面に指を伸ばす。 それが延々と続けられていた。 「お父さんはどこに行ったの、エリーはどこにいるの、エリー、えりぃいいい…」 正気ではない女の背後に、ゆっくりと近づいていく。 小声でルーンを詠唱し、消すべき記憶を定めて、杖を向ける。 「…忘却」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「ああ、エリー、ここにいたんだね!ここにいたんだねえ、ああ、エリー、おおお…」 女は、娘を抱きしめて泣き出した。 女はひとしきり泣くと、娘の顔を月あかりに照らして、泥だらけになった顔を拭おうとした。 「…お母さま」 「ああ、エリー、よく顔を見せておくれ、泥だらけになっているよ」 そう言って子供の顔を拭おうとするが、女の手についた泥がつくばかりで、かえって顔を汚している。 「お母様こそ泥だらけよ、ねえ、もっと暖かい所へ。もっと明るいところへいきましょう」 「そうだねえ、明るいところへ行こうねえ、お前の文だけでもパンを貰ってくるから、もう少し我慢しておくれ」 「ありがとう、お母様。でも、お母様こそ食べて欲しいの」 「優しいんだねえエリーは、いいんだよ、私はお腹いっぱいだから…」 「お母さま…」 親子は手をとりあって、街へと歩いていった。 あとに残るのは、カラスの鳴き声と、掘り返されたエリーの遺体。顔のない遺体。髪の毛と顔が剥がされた娘の遺体。 「お母様、この街の男爵様が私たちを助けてくれるそうよ。きっと二人分のパンをくださるわ、行きましょう」 月明かりの中。仮面を被ったルイズのほほえみ、まさしく娘の微笑みだった。 ======================== 今回はここまでです。
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十四話 最終戦争の一端 赤色火焔怪獣 バニラ 青色発泡怪獣 アボラス 岩石怪獣 ネルドラント 毒ガス怪獣 エリガル 古代暴獣 ゴルメデ 噴煙怪獣 ボルケラー 透明怪獣 ゴルバゴス 登場! 古代遺跡から発掘されたカプセルから蘇った、怪獣バニラ。 才人とルイズはウルトラマンAへと変身し、これを迎え撃った。 しかし、強靭な肉体とメタリウム光線をも防ぐ火焔を持つバニラの前に、エースはエネルギーを使い果たして倒れてしまう。 バニラの吐き出す火焔に包まれるウルトラマンA。 この、悪魔のような大怪獣を倒す方法は、はたしてあるのだろうか…… 「うわぁぁっ……」 バニラの火焔が作り出した山火事の中に、ウルトラマンAは沈んでいった。 かつて、ミュー帝国の街を蹂躙したであろう紅蓮の業火と同じ炎の中が、容赦なくエースを焼き尽くそうと燃え盛る。 このままでは、確実に死んでしまう。エネルギーが尽きかけたエースは、最後の手段をとった。 「ヌゥゥ……デュワッ!」 横たわるエースが、腕を胸の前でクロスさせ、大きく開いた瞬間、エースの体が白色に輝いた。 ちかちかと、光は燃え尽きる前のろうそくの炎のようにエースを包んでまたたく。そして、最後にわずかにまばゆく 発光したかと思われた瞬間、エースの姿は炎の中に溶けるように消えてしまった。 怪獣バニラは、勝利の雄叫びをあげるとくるりときびすを返した。燃え盛る森を背にして、いずこかの方角に去っていく。 後には、轟音をあげて燃え盛る森と、炎から逃げ惑う鳥や動物の悲鳴だけが残される。 ウルトラマンAは、死んでしまったのだろうか……? いや、そんなことはない。エースが倒された場所から、数十メートル離れた森の中に才人とルイズが横たわっていた。 あの瞬間、エースは残された最後の力を使って、変身解除と同時に二人をわずかな距離ながらテレポートさせて 炎から救っていたのだった。 しかし、バニラの起こした山火事の勢いはなおも衰えず、二人の倒れている場所にも次第に迫ってきた。 雨はなおも降り続いているが、炎はそれに反抗しているがごとく天高く黒煙をあげ、二人を狙ってくる。 生木を枯れ木同然に焼き、下草を燃やしながら炎は獲物を狙う蛇のようにうごめき、とうとう二人は火災の 中に取り残されてしまった。 業火の中、死んでしまったかのように、ぴくりとも動かず横たわる二人。 飲み込まれれば、人間など骨も残さず焼き尽くされてしまうだろう。 だがそのとき、炎から一つの影が浮き出るように現れ、その異形のシルエットを二人にかぶせていった。 一方そのころ。まだ異変の発生を知るよしもないトリスタニア。 遺跡を飛び立ってから、およそ二時間後。王宮において、アンリエッタに謁見したエレオノールは、 自身を呼び出したアンリエッタ王女から、耳を疑う知らせを受けていた。 「ルイズが伝説の虚無の系統? そんな、信じられませんわ」 単刀直入にアンリエッタの口から語られた真実を、エレオノールは最初信じようとはしなかった。しかし、 軍の正式な報告書に記された、想像を絶する魔法の炸裂と、水晶に浮かび上がったその映像。そして、 冗談などでは決してない、真剣な表情のアンリエッタの説明が、エレオノールに曲げようのない事実を 突きつけていた。 「信じられないのは無理もありません。わたくしも、今日まで虚無とはなかばおとぎ話だと思っていました。 ですが、現実はこのとおりであり証拠も揃っています。わたくしも考えましたが、ルイズの姉であり 優秀な学者であるあなたしか信用できる人はいないのです。どうか、信じていただけないでしょうか」 「ちょ、ちょっと待っていただけませんか! ルイズが、あのちびルイズが虚無? あの、あの……」 普段の彼女の凛々しさからは考えられないほど、エレオノールは狼狽していた。もはや、仕事中に 呼び出された不満も吹き飛び、頭の中は許容量を超えてしまった情報で混沌と化している。その末に、 目眩を起こして倒れかけたところへ、慌てたアンリエッタに抱きとめられた。 「エレオノールさま、大丈夫ですか!? お気を確かに」 「はっ! こ、これは無礼をばいたしました。どうか、平にご容赦くださいませ」 どうにか正気を取り戻したエレオノールは、謁見の間での失態に顔を赤くして謝罪した。 普段冷静な彼女だが、頭がいいことが災いして、自分の知識の及ばない出来事が起こると脳がフリーズ してしまうようだ。平謝りし、どうにか気を取り直したエレオノールは、頭の中で聞かされた事柄をまとめると、 自分に言い聞かせるようにアンリエッタに向かって復唱していった。 「……つまりは、ルイズがこれまで魔法が使えなかったのは、その系統が虚無ゆえで、あの子には聖地を エルフから取り戻すという使命が与えられたというのですね?」 「祈祷書に記されたとおりなら、そのとおりです」 「馬鹿げてるわ! 始祖ですらできず、数千年に渡って負け続けてきたエルフとルイズが戦わなければ ならないですって!? 悪い冗談にもほどがありますわ。姫さま、まさか貴女はルイズを旗手に聖地奪還の 戦を再開なさろうとしているのでありませんでしょうね? もし、そんな愚考をしておられるようなら!」 「落ち着いてください! まだ、そうなると決まったわけではありませんわ。ルイズの意思は確認しましたし、 わたくしも彼女に聖地を奪還させようなどと考えてはおりませぬ」 つかみ掛かってきそうなくらいいきり立つエレオノールを、アンリエッタはたじたじになりながらも必死に抑えた。 ルイズとともに、ヴァリエール家との付き合いは長く、エレオノールとも小さいころから何度も会っているが、 この気性の強さと迫力はいまだになかなか慣れない。 「はあ、はあ……申し訳ありませぬ。わたくしといたしたことが取り乱してしまいました」 「いえ、ご家族の人生に関わることです。怒られて当然ですわ。ともかく、この事実を知っているのは、 ルイズの友人数人とわたくしと、お姉さまのほかにはおりませぬ。しかし、虚無の存在を知れば、 今おっしゃられたとおりに悪用しようともくろむ輩も出てくるでしょう。実際に……」 シェフィールドと名乗る謎の人物に狙われていることを語ると、エレオノールは再び怒りをあらわにした。 けれど、アンリエッタから「ことがことだけに、わたくしも表立って助けることができません」と、苦悩を 告げられ、敵からルイズを守るためには虚無の謎を解き明かさねばならず、信用できて且つそれができるのは 貴女しかおりませんと頼まれると、自分の肩にかけられた荷の重大さを悟った。 「わかりました。微力ながらお引き受けいたしましょう」 「ありがとうございます、エレオノールさま」 「いえ、いくら出来の悪いとはいえ、妹のことを他人にはまかせられませんわ。わたくしを頼っていただけたことに、 こちらこそ感謝いたします」 二人は手を取り合って、それぞれ感謝の言葉を述べ合った。 「さあ、では具体的な話に入りましょう。指令をいただけても、今のままでは自由に動けませんわ」 それから二人は、これからのエレオノールの権限などについて話を進めていった。現在、アカデミーの研究員、 学院の臨時教諭と掛け持ちをしているが、これに虚無の調査も加えたらとてもではないが身が持たない。 だが、話がまとまらないうちに、突然謁見の間の扉があいさつもなしに開かれた。 「何事です?」 あらかじめ、ここには呼ぶまで誰も入れるなと人払いをしていたはず。なのに何か? まさか、今の話を 盗み聞きされたのではと二人が振り向くと、なんとずぶ濡れの騎士が蒼白の表情で駆け込んできた。 「ほ、報告……トリスタニア東方、三十リーグの森林地帯に……あ、赤い怪獣が出現。迎え撃ったウルトラマンを 倒して、トリスタニア方面に進行中」 「なんですって! ウルトラマンを、倒して!?」 想像もしていなかった報告に、アンリエッタは愕然とした。彼は、ミイラを追っていた魔法アカデミーの騎士の 一人だった。あのときミイラに撃ち込まれた『ライトニング・クラウド』によってバニラが復活し、その猛威から 命からがら逃げ延びた彼は、すべてを見た後でここまで駆けてきたのだった。 「怪獣は、あと数時間でトリスタニアまで到達するでしょう。は、早く手を……うぁ」 騎士は、息も絶え絶えの状態で、絞り出すようにそう報告すると倒れた。 「しっかり! 誰か、誰か!」 気を失った騎士にアンリエッタが駆け寄り、呼び起こしながら侍従を呼んで医者を手配させた。すぐに 宮廷の従医が呼ばれ、彼を担架に乗せて運んでいく。さらに、怪獣が接近していることが明らかになったので、 直ちに迎撃の準備を命ずる。今のトリスタニアは、結婚式典のために大勢の人間がやってきている。 市街地への侵入を許したら大惨事になるのは必然だ。 そしてエレオノールは、報告を持って来たのが魔法アカデミーの雇い騎士だったこと。現れたのが、 赤い怪獣だという内容から、一つの仮説を導き出し、全身の血が引いていく音を聞いていた。 「しまった……ヴァレリー!」 様々な思惑と錯誤、謎と現実が交差しながら、時の流れは残酷にその歩みを止めない。 場所を戻し、激しい戦いのおこなわれたあの森に舞台は返る。 一時は天にも届くほどの勢いで燃え盛っていた山火事も、天からの恵みには屈服し、炭と化した木々が 薄い煙のみを吐いている。その一隅の、雨を避けられるある場所に、才人とルイズは並べて寝かされていた。 「う、ぅぅ……」 かすかなうめきと、吐息が二人がまだ生きていることを如実に示している。しかし、怪獣バニラとの戦いで 大きなダメージを受けた二人は、いまだ無意識の世界……暗く、生暖かい不思議な空間の中をさまよっていた。 ”おれは……いったいどうしたんだろう” 浮いているような脱力感と、激しい疲労から襲ってくる眠気に耐えながら、才人の意識はただよいながら考えていた。 そこは、ぼんやりとものを考えることはできるけれども、体を動かすことはできない。例えて言うならば、 春の日差しの中でうたたねしているみたいな、夢と現実のはざまのような世界。そこで、夏の波打ち際に 体を預けているような心地よい感覚に、才人は身を任せていた。 「おれは……いったいどうしたんだろう」 もう一度、才人は同じことを思った。いや、もしかしたら一度だけでなく何度も同じことを考えていたのかもしれない。 現実感のない世界で、才人にできるのは考えることだけだった。いや、起きようと頭では思うのだけれども、 意識が現実に覚醒することがない。疲労で深い眠りについているというよりも、なにかの力で夢の世界に 閉じ込められているような、そんな気さえする。 ここは、強いて言うなら変身している際に、三人で意識を共有している精神世界と似ているような気もする。 しかし、エースなら不必要に二人の心に干渉するわけはない。ならば何故? と思っても、それを考えるだけの 思考力は得られない。 ふと、才人はこの精神世界の中に自分以外の誰かがいる気配を感じた。とはいえ、すぐに相手のほうから 呼びかけてきたから、確認する手間ははぶけた。 「サイト?」 「ルイズか?」 不思議なことに、二人とも意識がはっきりとしていないのに、相手の存在だけははっきりと理解することができた。 それが、自分たちが肉体と意識を共有しているかはわからないけれど、二人にとってはどうでもよかった。 寄り添うように手と手を重ねると、二人は安心したように力を抜いた。 互いのことを感じあえるところにいることで、緊張を失った二人の心は無意識のさらに深くへと沈んでいく。 ところが、閉じ行く意識の中で、才人とルイズの目の前に突如現れたものがあった。 「あれ、は……?」 ぽつりと、唐突に現れたそれを、二人は閉じかけた心のまぶたを開いて見た。沈んでいく水底のような世界の中で、 海底に沈んだ一粒の真珠のように、小さな、しかしはっきりとした光がはげますように二人の前に現れていた。 「なにかしら、きれい……」 消えかけた意識の中で、ルイズは自然に光に手を伸ばしていた。あの光からは、どこか懐かしいような、 どこかで見たようなそんな不思議な感覚がする。さらに、才人の意識もルイズにひきずられるように、二人は 手を握り合い、いっしょになって落ちていった。 「深い……サイト、わたしたちどこまで沈んでいくの」 「心配するな。どこまでだって、おれがお前についていってやる」 自分たち以外に誰もいない世界で、才人ははげますようにルイズの手を握った。 ひたすら、深く、深く。二人の心は沈んでいく。 光は、どれほどの深さがあるのか知れない深淵の底から、しだいに輝きを強めていく。 もうすぐ見える……期待と不安とが入り混じる。二人は、まもなく到達するであろう精神世界の最深部で、 何かの正体を見極めようと目を凝らす。そして、輝きを放っていたものがなんであるかに気がついたとき、 同時にそれの名前をつぶやいていた。 「始祖の……祈祷書?」 見間違えるはずもなく、それは始祖の祈祷書そのものだった。表紙の汚れも、破れ具合もすべて見覚えがある。 そして、祈祷書が間近にまで見えるようになったとき、ルイズの脳裏に不思議な声が響いた。 「呼んでる……」 「ルイズどうした? 呼んでるって、誰が?」 「わからない。けど、祈祷書がわたしを呼んでるの」 自分でも不可思議なことを言っているとはわかっている。夢の中だとしても、おかしいといわざるをえない。 でも、聞こえたことを否定する気にはならなかった。低い、おちついた大人の声で「来い」と言われた。 聞き覚えはないけれど、どこか懐かしいようなそんな声……わからないけれど、祈祷書を持てば、その答えが わかるような気がする。 「サイト……」 「お前の好きにしろ。どうしようと、おれはそれでいい」 わずかなためらいを、才人の言葉でぬぐい払うと、ルイズは祈祷書に手を伸ばした。触れたとたん、指先から まばゆい光があふれて二人を包み込んでいく。 「わあっ!?」 あまりのまぶしさに、二人は思わず目をつぶろうとした。しかし、ここは精神世界であるから、まぶたはあるようで 実は存在しない。光はさえぎるものなく二人の世界を白一色に染め上げ、やがて唐突に消えるとともに、 二人の目の前がさあっと開けた。 「これは……砂漠?」 突然現れた風景に、二人は周囲を見渡しながらつぶやいた。 今、二人は広大な砂漠地帯を見渡す空の上に浮かんでいた。 しかし、吹きすさぶ風も照りつける熱射の熱さも感じることはない。どうやら、自分たちはこの場所では幽霊の ようなものであるらしいと当たりをつけると、才人はルイズに尋ねた。 「ルイズ、ハルケギニアにこんな砂漠があるのか?」 「いえ、ハルケギニアに砂漠なんてないわ……いいえ、正確にはハルケギニアにはないけれど、そのはるかな 東方の世界には、サハラと呼ばれる大砂漠地帯があるはず。ここは、多分」 タバサまではいなかくても、様々な史書を読み漁ったルイズの知識の中でも、このような光景は他には 考えられなかった。サハラ……聖地に通じる、エルフの住まう場所。数千年の長きに渡って、聖地を奪還 せんものとする人間とエルフの果てしない抗争の続いた地。 はてしなく広がる砂の地には、人の影ひとつ、虫一匹の姿すら存在せず、ただ砂丘と吹き荒れる砂嵐のみが 擬似的な生命のように動き回っている。まさにこれは死の世界と呼ぶにふさわしい光景。 無の世界に戦慄する二人の見ている中で、景色は急速に流れ出した。砂漠をどんどん超え、地平線の かなたへと景色が進んでいく。まるでジェット機から地上を見下ろしているかのようだ。 やがて、砂漠が途切れて緑の山や平原が見えてくる。ここがサハラだったとすると、あれが恐らくは ハルケギニアか? ルイズはハルケギニア全土の地図を思い出し、サハラに隣接する場所に当たりをつけた。 「きっと、あれはガリアのどこかよ。人間とエルフは、ガリアの東端を国境線にしているの」 ルイズの説明に、才人もなるほどとうなづいた。二人の見下ろす先で景色はさらに流れ、砂漠から 草原や山岳地帯へと入っていく。このまま進めば、どこかの町も見えてくるだろう。そう二人は考えた。 しかし、結果からすれば、二人の思ったとおりに町……人の住んでいるところはすぐに見えてきた。 ただし、それは二人の想像していたものとは似ても似つかない形で現れたのである。 「サイト! ま、町が」 「怪獣に襲われている!?」 凄惨としかいえない光景が二人の前に広がった。 町が……いや、町だったと思われるところが怪獣によって破壊されていた。それも、一匹や二匹ではない。 少なく見ても五匹以上の怪獣が、せいぜい人口千人くらいの町を蹂躙している。 火炎や熱線が建物を炎上させ、元の町の姿はもう見受けることはできない。当然、人間の姿もどこにも見えない。 「ひどい……」 「くっ! こんなことになってるのに、この国はなにをやってるんだ!」 思わず怒鳴った才人の声も虚しく、二人の体はどんどんと流されていく。山を、川を飛び越えて山麓に 広がる次の町が見えてくる。赤い炎と黒い煙とともに。 「ここでもっ!? 怪獣が」 その町も、同じように怪獣によって蹂躙されていた。ざっと見るところ、街を破壊しているのは二匹、 全身が岩のようになっているのは透明怪獣ゴルバゴス。口から火炎弾を吐いて街を焼いている。 ドリルのような鋭い鼻先を持っているのは噴煙怪獣ボルケラー。口から爆発性イエローガスを吐き、 街の建物をけり壊している。 町は先程の町と同じように業火に覆われ、元の姿をうかがい知ることはできない。 けれど、ここでは先の町とは明らかに違う点があった。町は無人ではなく、まだ大勢の人間がいた。 ただし彼らは炎や怪獣から逃げるでもなく、その手には槍や剣、それに杖があった。彼らは二つの陣営に 分かれて、それぞれが相手に武器を向け合っている。 「戦争をしてやがる……」 それしか考えられる答えはなかった。そこにいる人間たちは、全身を覆う分厚い鉄の鎧に身を固め、 武器をふるい、魔法をぶつけあって互いを倒して炎の中へと放り込んでいく。目を覆いたくなるような、 大規模な凄惨な殺し合いの風景。それは、戦争と呼ぶ以外に表現する術はない。 だが、怪獣が暴れているというのに人々はそれには目もくれずに、ひたすら戦い続けている。そういえば、 ゴルバゴスやボルケラーは町は壊すものの、地上で戦う人間たちには目もくれていない。いや、そうではない と才人は二匹の行動を見て思った。 「怪獣たちも戦っている、のか」 町の惨状に幻惑されていたが、両者は確かに戦っていた。火炎弾やイエローガスの撃ち合いだけでなく、 ゴルバゴスの岩のような腕がボルケラーを打ち据え、負けじとボルケラーも風の音のような鳴き声をあげて、 巨大なハサミ状になった腕でゴルバゴスを締め付ける。 その怪獣同士の激闘は、町をさらに無残な状況へと変えていく。 「あいつら、やりたい放題じゃない」 「ああ……だけどなんであの二匹が……ハルケギニアだとはいえ、あれらは戦うようなやつらじゃないのに」 才人は、普通なら戦うことになるはずのない二匹が戦っていることに、大きな違和感を感じていた。 ゴルバゴスは山中に潜み、体を擬態して獲物を待つ怪獣。対してボルケラーは火山地帯に生息し、 大半は地底にいる怪獣、生息地が大きく違う上に、どちらも人里に下りてくるような怪獣ではないのだ。 「ねえサイト、あの怪獣たちの後ろにいるやつら、何かしら?」 「え? なんだ……あいつら」 ルイズに言われて目を凝らした才人は困惑した。二匹の怪獣の、それぞれ後ろに一人ずつ人間が立っていた。 そいつらは、戦っている人間たちが鎧兜などの重装備をしているのに対して、まるで休日の街中を散歩する ような軽装で、怪獣に向かってなにやら手振りしているように見える。 「もしかして、怪獣を操っているのか……?」 「まさか! 人間にそんなことができるわけが……」 ない! と言い切れない事例をこれまでに二人は嫌というほど目にしてきていた。よくよく見てみれば、 声は聞こえないものの、軽装の人間は兵士たちに向かってなにやら指示をしているようにも観察できる。 ならばあれが指揮官かということは容易に連想することができた。 しかし、怪獣を操って戦争の道具にするなどと、そんな恐ろしいことを……いや、宇宙人が地球を攻撃する ための手段として怪獣を使うのは、誰もが知っている常套手段である。ならば当然、兵器としての怪獣同士での 戦争などは、地球以外の星からしてみれば当たり前のことなのかもしれない。 ただ、状況は奇異につきた。あの、怪獣を操っているものが人間であれ宇宙人かなにかであるにせよ、 人間の軍隊までも率いて戦争している理由がわからない。怪獣どうしの戦闘のすぐ横で、槍や剣を使った ”普通”の戦争がおこなわれているアンバランスさ。それに、ルイズも確認してみたのだが、兵士たちは トリステインはおろか、アルビオン、ガリア、ゲルマニアのどの軍隊とも装備が違っていた。少なくとも、 今のハルケギニアの兵士は竜騎士など一部の例外を除いて、全身鎧などという化け物じみた装備を使わない。 目の前で起きていることの答えを見つけられぬまま、二人はさらに空を流されていった。飛びゆく先の空は、 夕焼けを悪意の色で塗りなおしたかのような、凶悪な赤で染まっている。それを見下ろせる空にたどり着いたとき、 不安と恐怖を編みこんだ予測の刺繍絵は、現実と極めて近い形で眼前に姿を現したのである。 「ここでも、あそこでも……なんなのよこれ。どうしてどこでもここでも殺し合いをしてるのよ!」 「暴れまわってる怪獣の数も尋常じゃねえ。それに、あれは人間じゃないな」 信じられないことに、戦いは人間や怪獣ばかりではなかった。 ある場所では、翼人の一団とコボルドの群れが。またある場所ではミノタウロスとオークの群れが斧を ぶつけあい、火竜がワイバーンや風竜と空戦をおこなっているところもある。 「自然の秩序にしたがって生きているはずの亜人まで……でたらめじゃない」 しかし、二人がこれが序の口に過ぎないことを知るのはこれからだった。 空を飛び、ゆく先々の町や村はすべて怪獣に襲われるか、襲われた後の廃墟として二人の目の前に現れた。 それだけではなく、移動する先々の山々や森林も焼き払われ、ひどいところでは砂漠化しているところまである。 そのどこでも、圧倒的な破壊がおこなわれた後……もしくは、それをおこなっている最中の破壊者の姿がある。 人間、エルフ、翼人、獣人、幻獣、怪獣……そして、それらを統率している正体不明の人間たち。 この世界のどこにも、平和はなかった。 「違う……これは、わたしの知ってるハルケギニアじゃないわ」 愕然とするルイズの言うとおり、どこまで飛ぼうとも、いくら戦場後を乗り越えようとも破壊の跡が視界から 消えることはなかった。それどころか、進むほどに戦火は激しくなり、まるで地上すべてがフライパンの上の 肉のように煮えたぎっているかのようにも思える。 空の上には翼人やドラゴンが、地上には人間の軍勢や亜人、そして怪獣たちが無秩序に暴れている。 いったいなんのために戦っているのか、それすらもわからない。 唖然とする二人。と、そのとき二人の耳に聞きなれた低い声が響いた。 「やれやれ……とうとう見ちまったか」 「その声は!」 「デルフか! お前、どこにいるんだ!?」 唐突に響いたデルフリンガーの声に、反射的に周りを見渡す二人。しかし、あの無骨な大剣の姿はなく、声だけが どこからともなく聞こえてくる。 「落ち着け、お前ら。いいか、今お前らは祈祷書に記録されているビジョンを見せられてるんだ。そこは、 かつて俺が生まれた世界……六千年前のハルケギニアだ」 「な……なんだって」 「この荒廃した世界が」 続く声もなかった。この、破壊と混沌にあふれた世界が、あの平和で美しいハルケギニアだとは。 絶句する二人の耳に、重く沈んだ様子のデルフの声が少しずつ入ってくる。 「ふぅ……嫌なこと、思い出しちまったなあ。ブリミルのやつめ、遺品にいろいろ細工してたのは知ってたけど、 よもやこんな仕掛けを祈祷書に残してたとは気づかなかったぜ」 「デルフ、もっとわかるように説明してくれよ」 「ああ、すまねえな。要するに、これは祈祷書に記録されていた過去のビジョンが、お前らの頭の中に投影 されてる光景らしい。六千年前、この世界は見ての通りに、いくつもの勢力が戦争を繰り広げていた。 今でも、エルフとかのあいだではシャイターンとかヴァリヤーグとか、そのときの勢力の名前のいくつかが 語り継がれているらしい。いや、これはもう戦争と呼べる代物じゃなかったな。人間にエルフ……世界中の、 あらゆる生き物を巻き込んだ、際限のないつぶしあいだった」 「いったい、なんでそんな無茶苦茶なことに……」 愕然とする才人の質問に、デルフはすぐに答えなかった。 「すまねえ、まだそこまで記憶が戻ってねえんだ」 いつになく沈んだデルフの答えに、才人とルイズは頭に血を登らせかけたものを押し下げた。六千年分の 記憶と一言にいえば簡単だけれど、それは地層の奥深くに沈んだ化石を掘り返すようなものだろう。 一気に掘り返そうとすれば、デルフが持たないかもしれない。発掘は、赤子の肌を拭くように慎重に 時間をかけなくてはならない。 「わかった。じゃあ、あの怪獣を操ってる連中はなんなんだ?」 いっぺんに聞くのをあきらめた才人は、とりあえず一番気になっていることを尋ねた。 「あれが、この戦いの元凶さ。エルフに悪魔と呼ばれてるのは、あの連中のことだ。あいつらは、この世界に 元々いた怪獣や、どっかから探してきた怪獣なんかを武器にして戦争やってたんだ。ちょうど、今のメイジが 戦争で使い魔を利用するみたいにな」 「怪獣を、兵器に……」 恐ろしい想像が当たっていたことを、才人は喜ぶ気にはもちろんならなかった。 地球人も、怪獣を兵器にという構想はすでにマケット怪獣で実用化の域にある。しかしそれを人間どうしの 戦争に利用しようなどとは考えられもしない。そんな愚かな時代は、かつて核兵器の脅威によって人類絶滅の 危機におびえた前世紀で充分すぎる。 「まあ、コントロールできなくて暴れるにまかせるしかなかったのも少なからずいたらしいが、この混乱の中じゃあ 些細なことだったろうな」 「いったい何者なんだ? 怪獣を操るなんて、並の人間にできるわけないだろう」 「わからねえ……いや、思い出せないんじゃなくて本当に知らねえんだ。俺が作られたのは、連中が現れてから しばらく経ってからのことらしいからな。ただ、なにかしらすさまじい力を誇っていたのだけは確かだ」 デルフの説明は、後半は余計だった。怪獣を操る時点で、手段はともかく常人のそれではない。 現在、二人の見下ろす先にいる怪獣は三匹、いずれも才人の知るところではない姿をしている。 一体は、全身を乾いた岩の色をした二足歩行の恐竜型怪獣。体はごつごつとしていていかついが、 顔つきはどこか柔和なものが感じられる。これは、才人の故郷とは違う地球で岩石怪獣ネルドラントと呼ばれている、 ゴモラなどと同じく古代恐竜の生き残りといわれている怪獣。 もう一体は、同じく二足歩行型で、顔の形がどことなくカンガルーに似ている怪獣。これも、毒ガス怪獣エリガルと 呼ばれてる種類の怪獣で、肩の部分にそのガスの噴出孔がフジツボのようについている。 最後の一体は、ここにキュルケかタバサがいたならば、その姿に記憶のページから同じしおりを選んでいただろう。 古代暴獣ゴルメデ……才人とルイズの知らないところ。エギンハイム村で、翼人たちの伝説に残されていた あの怪獣がそこにいた。 三体の怪獣は、ほかの怪獣たちと同じように、何者かのコントロールを受け、目に付く木々を踏み潰しながら 前進していく。本来ならば彼らにも意思があり、こんな戦いに加わるはずはない。才人とルイズは、道具として 操られている怪獣たちに、一抹の同情を胸に覚えると、デルフに問いかけた。 「なにがしたいのか知らないけど、ひどいことをしやがる」 「わたしは、戦いは名誉や国……なにかを守るためにするものだと教えられてきたわ。けど、この戦いには なにも感じられない。ただ戦うために戦ってるみたい。ねえ、この戦いの結末はどうなったの? いったい 誰が勝ち残ったっていうの?」 「誰も、残らなかったのさ」 「えっ!? うわっ!」 ぽつりと、恐ろしいことをつぶやいたデルフの言葉が終わると同時に、二人の視界をまばゆい光が照らした。 太陽ではない。まして、戦闘の戦火でもない。不可思議な極彩色の光に、二人がおそるおそる目を開けてみると、 そこには幻想的な光景が広がっていた。 「虹……? きれい……」 思わず口から出た言葉のとおり、空には虹色の光が溢れていた。しかし、それは虹などではなく、よく見たら 虹色をした蛍のような小さな光が、雲のような集合体をなしているものだった。 「くるぞ……この戦いを混沌に変えた。本当の悪魔が」 デルフの言ったその瞬間、虹色の雲から光の塊が地上に向かっていくつも降り注いだ。 「なんだっ!?」 それは、虹色の雲から流星が落ちたように地上からは見えたことだろう。流れ星は、まるでそれ自体に 意思があるかのようにネルドラント、エリガル、ゴルメデに吸い込まれていった。 「どうしたっていうのよ……えっ! なに!?」 「ただの戦争だったら、それが一番よかったかもしれねえ。けど、戦いの混沌につけこむように奴らは突然現れた。 そしてこれが、終わりの始まりになったんだ」 淡々と話すデルフの言葉を、才人とルイズは驚愕の眼差しの中で聞いていた。 夢の世界の中で、始祖の祈祷書が語ろうとしている歴史は、まだ先があるようだった。 だが、時を同じくした頃、魔法アカデミーではエレオノールが予感した最悪の事態が起ころうとしていた。 エレオノールに依頼され、ヴァレリーは青い液体の入ったカプセルの開封作業に入った。助手は、先日 アカデミーに入った中ルクシャナという新人研究員。性格的に少々調子のよすぎる感はあるが、入学以来 様々な分野で目覚しい実績を上げている彼女を、ヴァレリーは迷うことなくパートナーにすえた。 「ヴァレリー先輩、私に折り入っての仕事って何ですか? 先輩からご指名されるくらいですから、さぞや 重要な研究なんでしょうね!」 最初から期待に胸を躍らせた様子のルクシャナに、ヴァレリーは苦笑すると同時に頼もしさも覚えた。 彼女は若いくせに、自分やエレオノールに輪をかけた学者バカな気質なようで、男性研究者の誘いも 一つ残らず断って、毎日新しい発見があるたびに目を輝かせている。 「先日、あなたといっしょに遺跡で発掘した青い液体のカプセルがあるでしょう。あれの開封作業に入るわ。 あなたはいっしょに発掘された碑文の修復と解読を急いでちょうだい」 「ええーっ! そんなあ、どうせなら先輩のお手伝いをさせてくださいよ」 「わがまま言わないで、理由は言えないけど急ぐ仕事なのよ。それに、砕けた石碑を修復するには、 根気もそうだけど直観力も大切なの。あれが解読できたら遺跡の秘密にも一気に迫れるわ。一番頼れるのは あなたなの、引き受けてもらえるかしら」 「……わかりました。引き受けましょう」 最後には快く引き受けたルクシャナに、ヴァレリーは内心で素直ないい子だと感心した。彼女はあまり 自分のことを語りたがらないが、わずかに語ったところでは国に婚約者を待たせているらしい。きっと、 その男も彼女のそんなところに魅かれたのだろう。もっとも、それ以外の部分にはさぞ苦労させられているに 違いないが。 ルクシャナに碑文の復元を任せたヴァレリーは、さっそくカプセルの開封作業に移った。これまでの経過から、 物理的な衝撃や、『錬金』による変質も受け付けないとわかっていたので、それ以外の方法を模索する。 今までは内部の破損を恐れて、強行的な手段は避けてきたけれど、非常事態ゆえにヴァレリーは多少 強引な手段を用いてもカプセルを破壊することに決めた。 一方のルクシャナは、碑文の破片の復元作業のおこなわれている部屋にやってきていた。ここでは、 数千ピースに及ぶ石の破片を元通りにする作業が続けられている。これには、さしもの魔法も役には 立たないので、取り組んでいるのは雇われた平民が多数であった。 ルクシャナは、部屋に入るなり彼らに向かって告げた。 「これから、私が復元作業に当たることに決まったわ。あなたたちはご苦労様、ほかのところを手伝ってちょうだい」 命令を受けた平民たちは、ほっとした様子で速やかに部屋を出て行った。彼らとしても、延々と続く石くれとの 格闘には飽き飽きしていたのだ。そして、部屋が無人になったのを確かめると、ルクシャナは復元途中の石碑に 手をかざして、つぶやいた。 「蛮人はだめね。このくらいのことを、何日かかってもできないなんて。でも、私も精霊の力をこんなことに使って、 叔父様に怒られちゃいそうだけど、ね……さて、では石に眠る精霊の力よ……」 いたずらっぽく微笑んだルクシャナが呪文をつぶやくと、バラバラだった石碑の残骸が動き出し、まるで生き物の ように自然に組み合わさっていく。数分もせずに、残骸は一枚の石版の姿を取り戻し、さっそく彼女は書かれている 文字の解読に当たった。 「これは、私たちが使ってた中でも、もっとも古いとされている文字じゃない。これは興味深いわ、なになに……」 好奇心旺盛に、ルクシャナは碑文を読み上げる。 だが、読み進めるうちに彼女の顔からは急速に笑みが消え、読み終えたときには蒼白に変わっていた。 「いけない! そのカプセルを開けてはいけない!」 脱兎のように、ルクシャナは碑文の部屋を飛び出していった。 けれど運命は残酷に、破滅への秒読みを進めつつある。 「おう、ヴァレリー教授、どうやらカプセルが開けられそうですよ」 研究室で、実験台の上に置かれたカプセルに、微細なひびが入りつつあった。加えられているのは、 アカデミーの風のメイジの使用した電撃の魔法である。ヴァレリーはこれまでの実験結果から、高熱や衝撃では このカプセルには通じないと知っていたので、いくつかの可能性を吟味して電撃に賭けたのだ。 「やったわ! 成功のようね」 「おめでとうございます。ヴァレリー教授」 「ええ、これで中身の分析もできるわ。六千年も生きていたミイラの守っていたもの……もしかしたら、 本当に不老不死の妙薬かもしれない。もっとパワーを上げて、一気に砕くのよ」 期待に胸を膨らませて、ヴァレリーはひび割れゆくカプセルを見守った。エレオノールには悪いけれど、 大発見の一番乗りとして自分の名前が歴史に残るかもしれないという、むずがゆい快感もわいてくる。 ところが、ヴァレリーがさらに電撃のパワーをあげるように命令しようとしたとき、ルクシャナがドアを 蹴破らんばかりの勢いで部屋に駆け込んできたのだ。 「待ってください! そのカプセルを開けてはいけません。中のものは、悪魔なのです」 「なんですって!? 悪魔?」 ルクシャナの剣幕に驚いたヴァレリーは思わず聞き返した。そして、意味がわからないという顔をしている 彼女に、ルクシャナは震える声で説明した。 「文字の解読ができたんです。これには、こう書かれていました」 ”未来の人間に警告する。かつてこの地は大いなる災いによって滅ぼされた。 生き残った我々に残された文明も、いずれ消え去るであろう。 しかしその前に、我々は世界を破滅へと導こうとした、巨大なる悪魔たちの一端を捕らえることに成功した。 赤い悪魔の怪獣バニラ。青い悪魔の怪獣アボラス。 我々は彼らを液体に変え、防人とともにはるかなる地底の悪魔の神殿に閉じ込めた。 決してこの封印を破ってはならない。もしこの二体に再び生を与えることがあれば、人類は滅亡するであろう” 語り終わったときには、ヴァレリーもすでに顔色をなくしていた。もはや、どうしてこんなに早く解読が できたのかということなどは思考から消し飛んでいる。 「じゃあ、この液体は青いから……怪獣アボラス!」 愕然とつぶやいた瞬間、ひび割れたカプセルが卵の殻のように割れた。その傷口から、青い液体が どろりと零れ落ちる。 「しまった。遅かった……」 愕然とするヴァレリーとルクシャナの見ている前で、青い液体はどんどん広がっていく。 そして、液体から白煙があがり、流動する液体が何かの形を作りながら巨大化し始めた。 「いけない! みんな逃げてーっ!」 あらんばかりの声で叫び、ヴァレリーは出口へと駆け出した。しかし、怪獣が実体化する速度は彼女たちが 逃げ出すよりも早く、天井を突き破り、床を踏み抜いて研究塔を破壊した。 「間に合わな……きゃぁぁっ!」 ヴァレリーの足元の床が抜け、壁と天井が巨大な瓦礫と化して彼女の上へと降り注いでいった。 アカデミーの研究塔は一瞬のうちに崩れさり、中から青い体をした巨大怪獣が姿を現す。 青色発泡怪獣アボラス……その復活の雄叫びが、廃墟と化した魔法アカデミーに高々と鳴り響いた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページ超1級歴史資料~ルイズの日記~ ああ!モグラさま!! ギーシュのモグラにつけた翻訳機が必要なくなった。 つまりはギーシュのモグラがしゃべれるようになったのだ。 これでもうネタに走った若本声を聞く必要はない。残念だ。 ソレはいいのだが・・・ 「私の名前はヴェルダンデ17歳です。よろしくお願いしますね」 またネタに走った。まるで永遠の17歳のような美しい声だ。でもモグラ。声優ネタ自重。 グランパが言うには、他の使い魔たちもしゃべれるようにする予定であるそうだ。 しゃべれるようになるではなく、するの辺り確信的である。 知類権は保障されなければならない、とかブツブツ言っていた。 知類権ってなに? ある日のニューカッスル城 メイドのシエスタから久々に通信が入った。 画面の向こうのメイドはカチューシャにハチマキ巻いてたりする。 以前よりはマシなものの、まだまだ頻繁にレバーを倒したりスイッチを押している。一人しか操舵がいないと大変だ。 操縦席は何故か玉座の間にあるため、メイドの後ろには玉座とかアルビオンの国旗が見える。 なんでそんな恐れ多い所に操縦席作るのよ!? グランパはお約束の問題と技術の問題、どっちの理由がいい?と聞きかえされた。最近はっちゃけすぎだと思う。 戦争の基本はとりあえず補給を断つことからで、ニューカッスル城は頻繁にレコン・キスタの輸送船を襲撃しているらしい。 つまりは城で逃げ出す前と同じ海賊行為の繰り返しということだ。 シエスタの話では空賊行為の成功時の報奨金がかなりオイシイそうだ。 常に操縦席に張り付いているため、威信点もバカにならないぐらい稼げているらしい。メイドなのに個室持ちになれたそうだ。ほとんど部屋に帰れない日々らしいが。 ついでにげったみたく、君いいカラダしてるねアルビオン人にならないか?とか勧誘されているらしい。 いつの間にかただのメイドから皇太子付のメイドにランクアップされてしまい、身に余る思いだそうだ。 常に玉座の間にいるメイドには、やはりそれなりの立場を与えなければならなかったのだろう。 おそらくは今後強力な乗り物が出てきた時のために、優秀なパイロットと教師、BALLSとのコネ、名パイロットの血筋を確保しておきたいんでしょうね、とのこと。黒いよシエスタ。 ウェールズ皇太子は度々アンリエッタ女王陛下と通信を交わしているらしく、愛の会話を交わしたり、内密に同盟できないかと持ちかけたりしているらしい。 トリステインに繋がる長距離通信機は玉座の間にしかないので丸聞こえらしい。 なんでまたそんなところにあるかというと、通信機はエライところにあるのが普通だから、らしい。 耳と口と脳と足が同じ部屋にあるというのが戦艦として機能的だからだそうだ。 最近はニューカッスル城の操縦用のOSや人員が出来上がってきたので、楽になってきたそうだ。 近々、アルビオン攻めに辺り会議があるらしいので、トリステインに来るそうだ。 輸送船臨検のし過ぎで、ミサイルを使いすぎてるので、弾薬を送ってください、と陳情された。 それでは、95式の操縦講習があるので失礼します、と言って通信が切れた。 以上だ。 市井の調査 女王陛下から命令書を持ってアニエスという騎士がまーちんに乗ってやってきた。 平民出のシュバリエで、女王陛下の近衛をやっているらしい。 そんなわざわざ直筆の命令書持ってこなくても電話があるのに、格式というのも大変ですね。 そうは言わないで頂戴、ルイズ。私はその格式の頂点にいる立場なんですから、そうでした。 ああ、実をいうとさっきから姫様と電話中だったのだ。そうしたら姫様がそろそろアニエスが訪ねてくる頃だわとかおっしゃられたのだ。 遠く離れた友達と世間話に話を咲かせられる。便利な世の中になったものだ。 命令書をはるばる持ってきたアニエスという騎士がガックリコケそうなのを耐えていた。宮仕えは大変だ。うかつにツッコミも入れられない。 で、姫様、今日はどのようなご用件なのですか? 姫様が命令書をちらちら見る。アニエスもちらちら命令書を見る。 しまった、ここで直に姫さまに聞いたらアニエス無駄足じゃないか。私は空気の読めないヤツだ。 姫様に聞かずに、命令書を開けてみれば良いじゃないか、というグランパのフォローが入った。空気の読めるヤツだ。 気を取り直して命令書を開ける。 色々と格式ぶってはいたが、ぶっちゃけると民意の調査、王室に対する平民の本音を探れというものだった。人の上にたつのも大変だ。 そんなわけで、今日のBALLSさんがもって来たのはこちら! 『ぜろちゃんねる』 よりにもよって私にケンカを売ってる名前だ。 まず人々がBALLSのいるところで話したり、独り言を言ったり、愚痴ったりする。 その時の言葉や会話の集大成をデータ化してまとめたものであるそうだ。 つまりは平民の本音が聞けるという画期的なものなのだ。声の網、神の耳、エシュロンとも言われる強力な情報収集法だ。 ボールズ100人に聞きました! アンリエッタ女王陛下のことをどう思いますか? BALLSが検索しています。しばらくお待ちください。 BALLSのアイコンがちっかちっかと転がってる。凝ったつくりだ。 結果が出ました。 8割ビッチ、 1割帝王学教えとけよ、 残りはアンアンとアンアンしてえ。 ……。 本音が過ぎるわ。 コレをそのまま伝えるのは憚られる。 ちょっと固まったまま悩む。 悩んでいたら、通信機のモニターの向こうで姫様も引きつった顔で悩んでいた。 しまった通信中だった。 ビッチもアンアンもそのまま伝えられてしまった。アニエスさンも真っ赤になって大激怒。 とりあえず、場をとりなすしかあるまい。 「で、でも姫サマ!見てください!この本音はログにIDがついちゃうんでダレの本音かわかっちゃうんですよ。 このアンアンしてえと言ってる本音の中には皇太子殿下も混ざってるんですよ」 とりなせませんでした。気まずい雰囲気発動中。 ど、どうも機械の調子が悪いようですね。と苦しい言い訳をしてると、 グランパがちょっと昔を懐かしむように長く語った。 普通に世間話をしてるなら権力者はこき下ろした方が会話が弾むだろう。 権力者はどんな善政をしいてもどれほど大勝しようとも、不満をもたれるものだ。 私の戦友のタフトも軍人の時は人気があったが、大統領になってからはずいぶんと嫌われたものだ、とフォローを入れて、その場はお開きになった。 最後に陛下が、近いうちに軍事会議があるので私にも来てほしい、とのこと。 戦争、始まるのかな? 最後に、色んな人の本音を除いてみた。 キュルケの本音:私のほうが絶対にいいオンナよ。あんたソレ誰が相手でも言ってるでしょ。 タバサの本音:……………………………………………………。なんかしゃべれ。 アニエスの本音:私は陛下の剣、陛下の盾、陛下の鎧………。アンアンに分類しとくわね。 シエスタの本音:私女王陛下に即位されてからトリステインに戻ってないんですよね~~。 惚気話はしょっちゅう聞かされてますが、とのこと。 アルビオンニュース 風のうわさに聞いた。 アルビオンの食糧事情が悪化しているらしい。 うわさの出所はぜろちゃんねるだ。正誤は五分五分といったところだろう。 神出鬼没の空飛ぶ城の空賊が原因で、商人たちがアルビオンに船を出すのをためらっているらしい。 ヤバイな~。空賊がんばってますとか先日聞いたばっかりだ。 ラ・ロシェヌの港が一枝分もげた被害を受けているのも地味に影響しているらしい。単純に港の何割かは使えなくなっているから。 後、レコンキスタ内でBALLSの作ったものを戦争に使おうとしているらしい。 ミサイルだけではなく、鎧のようなものも試してみているらしい。とても人間の着られるようなものではないらしいが。 一方、こないだの耳かきしてくれるBALLSやウォークマンや電子楽器などレコン・キスタ内ではやっているらしい。 最近私はBALLSが持ってくる役に立たないもの、害になるもの、変なものを送りつけたりしているのだ。 最近のヒットはプリプリクッション。あまりにもアホ臭すぎる。 士気が下がりまくりで訓練も気合が入っていないという、深刻な悩みとなって軍事会議でも取り上げられていたらしい。意外とうまくいったものだ。 餓死者を出すのは後味が悪いので、例の調理機械を送っておく。 マトモな食料は貴族派の軍に独り占めされてるだろうが、最低でも平民の餓死者数は抑えられるだろう。 今日のぜろちゃんねる アルビオンの民意におけるヴァリエール家に対する評判が下がっているそうだ。 ヴァリエール家の家紋と死神定食が一緒に火にくべられたらしい。 うまくいかないものだ OVERS-SYSTEMがこのスレをチェックしています・・・ このスレが何者かに監視されているのをみつけました・・・ 前ページ次ページ超1級歴史資料~ルイズの日記~
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 例えばの話だが、ある所に命を懸けた戦いをしている戦士がいるとしよう。 限られた武器と足手纏いとも言える者たちが周りにいる中、戦士の相手は凶悪な怪物。 明確な殺意をもって戦士の命を仕留めようとする、無慈悲な殺人マシーンだ。 戦士は足手纏いな者たちを守りつつ怪物を倒すことになるが、それはとても大変な事である。 戦う必要のない者たちは自分たちも戦える豪語しつつ、各々が勝手に行動しようとするからだ。 そうすれば戦士はいつものペースで動くことができないが、一方の怪物は戦いを有利に進めることができる。 例え向こうが多人数であっても、足並みを揃える事が出来なけれ文字通り単なる烏合の衆と化す。 結果向かってくる奴だけを順々に片付ければ良いし、運が良ければ思い通りの戦いができない戦士をも殺せる。 しかし、足手まといな者たちが一致団結して戦う事が出来るとすれば話は変わる。 訓練された軍隊のように足並み揃えて一斉に襲ってくると、さしもの怪物も対処しづらくなるのだ。 更にその隙を縫って戦士が強力な一撃仕掛けてくるとなれば、もはや勝ち目などない。 一見すれば怪物側が有利な戦いは、実際のところたった一つの駆け引きで勝敗が左右する大接戦。 相手の腹を探りつつどう動くべきかと考えあぐねるその時間は、当人たちにとっては命を懸けた大博打である。 しかしそれを空の上から眺めてみれば、とても面白いゲームだとも思えるだろう。 そう、自分たちが傷つくことのない場所から見れば、命を懸けた勝負すら単なるゲームになる。 「ふーん―――何だか見ないうちに、随分とややこしい事になってるじゃないか」 旧市街地に並ぶ廃屋の屋上に佇む金髪の青年が、やけに楽しそうな調子で一人呟く。 左右別々の色を持つ眼には、この廃墟群の出入り口で大騒ぎを繰り広げ始めた五人の少女達が映っている。 彼が今いる位置ではやや遠すぎるかもしれないが、そんな事を気にもせず彼女たちの姿を見つめていた。 旧市街地の入り口から少し進んだ先で、まるで決闘の場で対峙するかのように向かい合っている紅白の少女が二人。 青年から見て旧市街地側に佇む紅白の少女の傍に、腰を抜かしているピンクブロンドが目立つ少女。 そして少し離れた場所には、まるで野次馬の様に三人の様子を眺めている黒白の少女と燃えるような赤い髪の少女がいた。 日も暮れ始めて来た為か肌の色までは良くわからなかったが、青年にとってそれは些細な事に過ぎない。 今の彼にとって最も重要なのは、『三人』の姿が見れた事だけであった。 五人いる内の中ですぐに安否が確認できるのは二人。黒白の金髪少女とピンクブロンドの少女だけ。 三人目となる紅白の少女は二人いるせいで、どちらを見ればいいのか未だにわからない。 「一体どういう経緯で二人になったのかは知らないけど困るよなぁ~、あんな事勝手にされちゃあ…」 僕の目が回っちゃうじゃないか、最後にそう付け加えた彼は軽く口笛を吹く。 まるで観戦中の決闘に予期せぬ乱入者が現れた時の様に、興醒めするどころか楽しんでいるようだ。 それは正に、安全かつ他人同士の殺し合いをしっかりと見届けられる場所で歓声を上げる観客そのものである。 「しっかし何でだろうな…一人しかいない筈の彼女に二人目がいるだなんて」 落下防止にと付けられた鉄柵の上に両肘をつけた青年は、またもや呟く。 彼以外にその疑問を聞く者はいないし、当然返事が来ることも無い。 生まれた時代が違えば、目の色だけで見世物小屋にいたかもしれない青年にとって、単なる独り言であった。 そう…単なる独り言だったのだ。 「私も良くは知らないが、アレに関してはお前たちの方は心当たりがあるんじゃないか?」 気づかぬうちに、自分の後ろにいた゛者゛の言葉を聞くまでは。 「――は?」 突然背後から耳に入ってきた声に、青年はその目を見開かせてしまう。 しかし驚きはしたものの、数時間前に似たような事を経験をした彼は声が誰のものなのかを分析しようとする。 良く透き通るうえに大人びた女性の声は、想像の範囲だがきっと二十代後半なのだろう。 あるいはマジックアイテムが魔法で細工しているかもしれないが、実際のところは良くわからない。 それよりも今の青年が気になる所はたった一つだけ。それは、どうやって自分の背後に近づいたのかという事だ。 青年が経験した「数時間前に似たような事」というのは、正にそれであった。 ◆ 時間をさかのぼり今日のお昼頃であったか。 彼はちょっとした用事でブルドンネ街で買い物を楽しんでいた三人の少女を、旧市街地の教会から観察していた。 その三人こそ、今の彼が屋上から眺めている「ピンクブロンドの貴族少女」と「黒白の金髪少女」。そして何故か二人いる「紅白の黒髪少女」である。 望遠鏡を使ってわざわざ遠くから見ていた青年の姿は、他人から見れば通報されても仕方がないであろう。 そのリスクを避ける為に人気のない旧市街地から覗いていたのだが、そこで変な事が起こった。 何と誰もいなかった筈だというのに、突如自分の後ろから女の声が聞こえてきたのである。 その後は色々とありその場は置き土産を置いて後にしたが、青年は観察事態を諦めてはいなかった。 そもそも彼が三人を覗いてた理由である「ちょっとした用事」というのは、彼にとって「仕事の内の一つ」なのだ。 だからその場を去った後は、三人の動きをしっかりと見張れる所に移動していたのである。 そして三人が導かれるようにブルドンネ街からチクトンネ街へ行くところはバッチリと見ていた。 不幸か否かチクトンネ街へ行った際に一時的に見失ってしまったが、数分前にこうして再開すことができた。 偶然にも自分が昼頃にいた旧市街地へ舞い戻る事になったのは、一種の皮肉と言えるかもしれない。 ◆ そうこうして、良からぬ展開に巻き込まれた三人の様子を観察していて、今に至る。 (一瞬聞き間違いかと思ったが…どうやら僕の予想は正しかったようだ) 彼は先程聞こえたものと、昼に聞いた声がそれぞれ別々のモノであると既に理解していた。 今聞こえた声からは、昼頃に聞いたものとは違う゛凛々しさ゛を感じていた。 昼の声は「貴婦人さ」というものが漂っていたが、今の声にはそれとは逆の…俗にいう「働く女性」というイメージがぴったりと合う。 しっかりとした性格の持ち主で、上司に対しちゃんとした敬意を払うキャリアウーマンだ。 自分とは正反対だな。月目の青年は一人そう思いながら、ゆっくりと後ろを振り返る。 彼は予想していた。振り返った先には誰もいないし、それが当然なのだと。 ただ見えるのは、落ちていく夕日と共に影に蝕まれる寂れた床だけなのだと。 昼頃の体験もそうであったし、それと似通った部分が多い今の事も同じような結末を辿るのだと、勝手に決めつけていた。 しかし、現実というのは時に奇妙で刺激的な事を不特定多数の人間に体感させる。 一人から数十人、下手すれば数百から千単位に万単位、もっともっと大きければ国家単位の人口が奇妙な体験をするのだ。 今回、現実という日常的な神様は月目の青年に奇妙な「存在」を目にする機会を与えてくれた。 そう…国を傾けかねない美貌と、この世界に不釣り合いな衣服を纏う「存在」と、彼は出会ったのである。 「君が口にしたややこしいという言葉は…残念だが私たち側も吐露したいんだがね」 距離にして四メイル程離れた所に、明らかに場違いな金髪の美女が、腰を手を当ててそう呟いた。 明らかにハルケギニア大陸の文明から作りえない青と白を基調にした衣装を身に纏った体は、まだ二十代前半といったところか。 これまで生きてきた中で数々の女性と付き合ってきた彼が直感的に思いつつも、次いでその視線を美女の衣装に注いでいく。 一目見ただけでもハルケギニアの民族衣装とも異なるが、蛮族領域に住む亜人たちや砂漠に住まうエルフたちの衣装とも印象が違う。 どちらかと言えば東方の地から時折流れてくる衣服のカタログで、似たようなものを見たことがあったと彼は思い出す。 白い服の上に着ている青い前掛けには、大した意味が無さそうに見えてその実難解そうな記号が踊っている。 もしかするとあれが東方の地で用いられる言葉なのかもしれないが、今の青年にはそれよりも気がかりな事が二つほど合った。 「――――コイツは驚いたね。さっきまで誰もいなかった場所に、僕好みの美人さんが立っているとは」 見開いていた月目をスッと細めた彼は、両腕をすっと横に伸ばし冗談めいた言葉を放つ。 大げさすぎるその動作を見た異国情緒漂う女性もまた目を細め、その口から小さな吐息を漏らす。 反応だけ見ても呆れているのかこちらの動きを読んでいるのか、それすらハッキリとしない。 こういう相手は綺麗でも付き合うのはちょっと遠慮したいな。彼がそう思おうとした直前、女性の口が開いた。 「良く言うよ…君は知っているんだろう?―――私がそこら辺にいる゛ニンゲン゛とは違うって事を」 「……?それは一体―――――!」 夕闇の中、金色の瞳を光らせた彼女がそう言ったのに対し、ジュリオは怪訝な表情を浮かべようとする。 だがその瞬間。目の前の女性を中心に、この場所ではやや不釣り合いと思える程度の匂いが突如漂い始めた。 その匂いはこの建物を降りて適当な路地裏を歩けば出会いそうな連中が放っているモノと似通っている所がある。 青年は仕事上そういう連中と接する機会が多いため、唐突に自分の鼻を刺激した匂いの正体を断定できる自信もあった。 群れを成して路地裏に屯し、時として真夜中の街へ繰り出し生ごみを漁る大都市の掃除屋。 おおよそ武器を持たなければ人間でも太刀打ちできない゛奴ら゛と似たような匂いを放つ金髪の女。 それが意味するものはたった一つ――――――文字通りの意味で、女は人間ではないという事だ。 「もしかして君、常に体を清潔にしないタイプの人かい?」 匂いの根源と、その理由を何となく把握できた青年は、ふと冗談を放つ。 プロポーズどころかデートのお誘いですらない言葉に不快なものを感じたか、目を瞑った女はこう返す。 「生憎ですが私は主人と違い、そういうお話にはあまりお付き合いできませんよ?」 「そいつは残念だ。――――…おっと、ここまで話し合ったんだから名前ぐらい教えておこうか」 女性の辛辣な返事に青年も素っ気ない言葉で対応したかと思えば、笑顔を崩さぬまま唐突な名乗りを上げた。 「僕はジュリオ…ジュリオ・チェザーレ。気軽に呼んでくれてもいいし様づけしたっていいよ?」 青年、ジュリオの名前を知った女性は呆れた風なため息をつきつつ、その口を開ける。 「―――――八雲藍だ。別にどんな風に呼んでくれたって構いはしない」 憂鬱気味な吐息を漏らした口から出た言葉は、今の彼女を作り上げた主からの贈り物。 遠い昔の時代に、東の大陸で跳梁跋扈した妖獣の一族である彼女の今が、八雲藍という存在であった。 ★ 「おぉ…。さっきとは打って変わって、奴さん積極的じゃないか」 明らかに先程とは動きの違う偽レイムの後姿を眺めつつ、魔理沙が気楽そうに言った。 先程までこちらに背を向けている相手に殺されかけたというのに、その言葉から緊張感というものを殆ど感じられない。 流石に物凄い勢いでナイフを放り投げ、口論を続けていた霊夢とルイズに急接近した時は軽く驚いたが、今はその顔にうっすらと笑みを浮かべている。 箒を右手に持ち、キュルケの隣に佇むその姿はすぐに戦えるという気配が全く見えない。 自分に危害が及ぶ事が無いと分かっているのか、それとも知り合いである巫女が勝つことを予想しているのだろう。 とにもかくにも、この場には不釣り合いと言えるくらいに、魔理沙は霊夢達の動きを傍観していた。 「さて、この似た者同士の勝負。どちらが最後まで立ってられるかな」 「三人して同じ部屋で暮らしているというのに、観客様の気分で見ているのね貴女は…」 すっかり回復し、楽しげな言葉を放つ魔理沙とは対照的に、その隣にいるキュルケは安堵することができなかった。 下手すれば死んでいたかもしれない黒白がどんな態度を見せようとも、彼女とって今の状況は゛非日常的な危機゛であることに変わりはない。 急な動きを見せた偽レイムの傍には抜かした腰に力を入れて立とうとするルイズがおり、そんな二人から少し離れた所に本物の霊夢がいる。 もし立ち上がったルイズが下手に動こうとすれば、突然殴り掛かってくるような相手に何をそれるのかわからない。 その事をキュルケ自身が察する前に霊夢も気づいているのだろうか、ナイフを片手に身構えた状態からその場を一歩も動いていない。 一方の偽レイムも先程まで霊夢達がいた場所から動いてはいないものの、いつでも仕掛けられるよう腰を低くしている。 正に先に動いたら負けという状況の中にいる三人を不安そうな目で見つめているのが、今のキュルケであった。 (本当に参ったわね…いつもとは全く違う刺激があるのは良い事だけど…あぁでもこういうのは良くないわ) 少しだけ似合っていない魔理沙の微笑を横目でチラチラ見つめつつ、手に持った杖をゆっくりと頭上に掲げていく。 それと同時に多くの男を虜にする艶やかな声でもって素早くかつ正確に、呪文の詠唱を始める。 別にあの三人の戦いの輪に巻き込まれたいという、自殺願望に近い何かを胸中に抱いているワケでは無い。 ただキュルケ本人としてはどうしてこんな事になっているのか知りたいし、その目的を達成するためにはルイズの存在が必要だ。 恐らく、自分が巻き込まれたであろう刺激に満ちた今の事態の発端を詳しく話せるのは彼女しかいないであろう。 なら彼女の使い魔と居候となっている黒白でもいいかもしれないが、部外者である自分に話してくれる可能性はかなり低い。 そこでワザと彼女らが直面している事態に首を突っ込み、彼女らと同じ場所に立つ。そんな計画がキュルケの脳内で出来上がっていた。 故に彼女は決断していた。この刺激的な一日の最後を飾るであろう魔法を、偽レイムにお見舞いしてやろうと。 幼少の頃に覚えたスペルの発言は数秒で済み、短くとも今この場で最適と思える魔法の発動が準備できた時、魔理沙が声を上げた。 「あ、お前も混じるのか。何だか随分と賑やかになってきたじゃないか」 まるでこれから起ころうとしている事を知っているのか、彼女の顔にはその場にそぐわない喜色が浮かんでいる。 実際、この世界へ来て数週間ほどしか立ってない魔理沙にとってキュルケの魔法を見るのはこれが初めてなのだ。 しかしそんな彼女にとうとう嫌気がさしたのか、嬉しそうな黒白に向けてゲルマニアの留学生魔理沙の方へ顔を向け、目を細めて言う。 「本当に呆れるわね貴女。…こんな状況でそんな表情と態度を出せるのは一種の才能なの?」 「私から見れば、これから死出の行軍に出ようとしているようなアンタの顔が、ちょっと見てられないぜ」 遠まわしに空気を読めという解釈にも取れるキュルケの言葉を聞いても、魔理沙の態度は変わりはしない。 それどころか、緊張しすぎている彼女を笑わせようと灰色の冗談を飛ばしてくる始末であった。 もはや怒るどころか呆れるしかないキュルケは、ため息つく気にもなれず相手を見下すかのような表情を浮かべる。 「そう…じゃあそこでずっと見ていなさいよ?何が起こっても私は助けないけどね」 私にとって貴女は、まだ得体の知れない相手なんだから。最後にそう付け加え、キュルケは偽レイムの方へ顔を向ける。 「生憎だがアレは不意打ちだったんだぜ。それにお前が手を出すと霊夢が嫌がるかもよ?」 まぁそれはそれで見ものだけどね。魔理沙もまたそんな言葉を付け加え、キュルケに助言を送る。 しかし魔法使いからの言葉を聞き流したキュルケは、今か今かと攻撃のタイミングを伺っている時であった。 日常からやや抜けた刺激を活性化させる為に、常人では考えもしない異世界の事件に首を突っ込もうとしている。 その結果に何が待ち受けているのかは知らないが、キュルケ自身は後悔しない筈だろう。 後戻りができそうにない、非日常的な刺激こそ……彼女が求めてやまぬ心身の特効薬なのだから。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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某日、某国、某都、某一族の、某屋敷にて。 こんな会話が繰り広げられていたと、某人物は語った。 「お帰りなさい、当主様」 「ただいま、イツ花……ううぅ、流星爆の撃ち過ぎで眩暈が」 「しっかりして下さい当主様。今日は待ちに待った、『あの日』なんですからネ!」 「おお! ということは……来たのか!!」 「はい! 太照天昼子様から新しいご家族を預かって参りました! お喜び下さい!!」 「くー! ついに俺も父親って訳かぁ。何かこう、感無量だな!」 「そりゃアもう、私にとっても初めての子供ですし」 「え?」 「あーいえいえ何でもありませんよー! とにかくまずはバーンとォ! 命名と職業を――あれ?」 「どうした?」 「あれ、いえ、おかしいな……あの子、どこに行ったんでしょう」 「おいおいおいおい。しっかりしてくれよ。――あぁ、居た。あそこだ」 「あ、本当だ。……はて。あんな所に鏡なんてありましたっけ?」 「あー、こらこら。無闇に触るんじゃないぞ――って、うおおっ!?」 「…………あ。れ、れ!? き、消えちゃいましたね……鏡ごと」 「お、俺の初めての子が……」 「私の子でもあったのに……」 「……………………」 「……当主様? あのォ、ちょっと顔色が……あああッ!?」 概ね、こんな感じであったという。 * 果たしてそれは必然であったのか、それとも偶然であったのか。 それは誰にも分からない。 神のみぞ、どころか神様まで翻弄されているのだからもう、何とも言いようがない。 そんなわけで、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは使い魔の召喚に成功した。 爆煙の中から現れたのは、赤ん坊であった。 ほんぎゃあああぁぁ!! 「……私に、どうしろと」 ルイズはただただ呆然と立ちすくむばかり。 「では、コントラクト・サーヴァントを」 こんな時でも容赦ないのがハゲのハゲたる所以であろうか。 「いや、そんな……そもそも、この子がどこの子なのか、貴族なのか平民なのかも分からないし、 っていうかこの緑色のイボって何かやばいのでは」 「コントラクト・サーヴァントを」 このハゲめ……今度養毛剤をたっぷりプレゼントしてやろう。お前の飯の中にな!! ――そんな気持ちを瞳に込めて見つめても、このハゲは平然としたもので。 ああ、視線で人を殺せたら……! ルイズが抱くと、その子は嘘のように静かになった。 ……懐いている、のか? 「使い魔……人間を……しかも赤ん坊……一体誰が育てると……私が?」 まさかこの歳で『母親』になるなどとは考えもしなかった。 ファーストキスすらまだなのに……いや、今からしなきゃならないのか。 「……この子の親が見つかるまでの辛抱、と言うわけにはいかないのかなぁ」 こうして、ハルケギニアに降り立った神の子は、『ゼロの使い魔』となった。 * そして二ヶ月。 顔馴染みのメイドの手を借りつつも懸命に育児に励むルイズの姿には、 見る者の心を揺さぶる何かがあった。 「寝て起きて、泣いて笑って漏らして泣いて。……まったく、赤ちゃんってのは本当にタチが悪いわ」 そう愚痴るルイズであったが、その顔は確かな充実感に溢れていた。 ――だが、突然始まったルイズの子育て奮闘記は、これまた突然に終焉を迎えた。 別にルイズが育児放棄した、とか虐待の末に殺してしまった、とかそういう生臭い話ではない。 「お帰りなさいませ、母上」 「……ん、ただいま」 いやはや。子供というのはあっという間に大きくなると言うが、この子はまた格別にして別格である。 ……あっという間に赤ん坊ではなくなってしまった。 「今日は留守番をしている間、ずっと『杖の指南』を読み耽っておりました。 素晴らしい本です! 何やら、読んだだけでメイジになれたような気がしますネ!!」 「あー……ええと。うん。わざわざ取り寄せた甲斐があったわ」 「はい!」 しかも、ルイズの身長を追い越してしまった。 いくらなんでも異常だろとか、こんな言葉遣いどこで覚えたんだとか、本当にメイジになってしまったらどうしようとか、 何かもう突っ込む気も起こらない。 * さらに二月。 ……本当にメイジになってしまった。あとついでにルイズが『虚無』に目覚めた。 この二つの事実から導き出される結果は。以下参照。 「ルイズの術『エクスプロージョン』の併せ、始め!!」 「ルイズの術『エクスプロージョン』の併せ、2人目!!」 「『エクスプロージョン』の併せ、3人目!!」 「『エクスプロージョン』の併せ、4人目!!」 「5人目!!」 「6人目!!」 …… 「ルイズの術『エクスプロージョン』!! 13人併せて効果25倍!!」 ………… 「え? 巻物があって、心と技が充実すれば、魔法なんて自然に覚えられるものでしょう?」 巻物が無いなら作ってしまえばいいじゃない。魔法学院なんだし。 ……そういうものだろうか。 「さすが母上! 素晴らしい術です!!」 「あぁ、えっと、うん。ありがとう……うん」 こんなんでいいのか世の中。 * さて。 「母上。私は実はこの世界の人間ではありません」 「えっ……うん。なんとなくそんな気はしてたんだけど」 「元の世界に戻り、都を荒らす鬼を退治しなければならないのです」 「なんかどこかで聞いたような話が混ざってるような気がする」 「さもないと子供も作れない上に、一年半程度しか生きられないというオマケ付きで」 「……そういう重要な事は最初に言いなさいね」 そんなノリで物語は唐突に急展開を迎えたわけですが。 果たしてルイズの選択や如何に。 * 某日、某世界の某国、某都、某一族の、某屋敷。 某女中が概ねこんなことを語ったとか、語っていないとか。 「聞きましたよ、当主様!! 私が昼寝してる隙に出陣されて、 朱点童子まで倒してきちゃったンですってね!? まったくもォ……そんな大事な話を今まで秘密にしておくなんて 人が悪いですよ、プンプン。 で、結局、朱点童子はどうなっちゃったンですか? イツ花にもお聞かせくださいまし」 ――それはそれとして。 同じ頃、近辺で桃色の髪の少女を先頭とする謎の一団を目撃した、と言う未確認情報が数件寄せられているが、 別にだからどうしたという話ではない。 ハルケギニアは、今日もそれなりに平和である。 ハルケギニアではない方も、同じ程度には平和である。 どっとはらい。
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ゼロの番鳥外伝『ルイズ最強伝説』 Q.ペットショップとギーシュが決闘してる間、逃げたキュルケとそれを追い駆けたルイズは何をしていたんですか? A.こんな事をやっていました ドカーン!バゴーン!ドカーン!バゴーン! 学院に爆発音が響き渡る。勿論、その原因は私の魔法だ 「あはははははははははは!!!!!」 口から溢れる笑いを止める事が出来ない。得体の知れない恍惚感が体を震わせる!何かカ・イ・カ・ン!最高にハイ!ってやつよ! 脳が破壊と破壊と破壊を求めて矢継ぎ早に指示を出す。 私の笑いに反応したのか、逃げているキュルケが振り返ってこっちを見た。ん?何で脅えたような顔をするんだろ? 悪鬼を見たような顔をするなんて、私の繊細な神経が酷く傷ついたわ! 「大人しく吹っ飛ばされなさい!」 魔力を注ぎ呪を紡ぎ、発動の引き鉄となる杖を振って、私が唯一使える大得意な魔法を放つ! ドン! やった!ドンピシャのタイミングで爆発が起こった! キュルケが予期したように回避行動を取ったが、私の狙いはキュルケでは無く、その頭上! ガラガラガラガラ・・・・・・・・・「うひゃぁっ!?」 みっとも無い叫び声を出しながら天井の崩落に巻き込まれるキュルケ キュルケの生き埋めの出来あがり♪と小躍りしそうになったが、下半身しか埋もれてないのに気付いた。チッ。 瓦礫の下から何とか抜け出そうと足掻いてる。くふふふ、無様ね。トドメをさしてあげるわ。 「んふふふふふ・・・・・・」 わざとらしく足音と笑い声を立てながらキュルケの前に立つ。 キュルケは慌てて床に転がった杖を取ろうとしたが、その手が届くより先に、私の足が廊下の彼方に杖を蹴り飛ばす。 顔面が蒼白になるキュルケ、私の狙いに気付いたようだ。 「ル、ルイズ、もう冗談は止めましょ?ね?杖なんか掲げてると危ないわよ?私達友達でしょ?」 先程までとは一変して哀願口調になる。ふん、それで男は騙せるとは思うけどこのルイズ様にはそんなの通用しないわよ 死刑を執行しようと、杖を振って呪文を唱え―――そこで私は気付いた!キュルケの目が私では無く、私の後ろを見ている事に! 「エアハンマー!」 刹那、転がって回避した私の横を空気の槌が通過――――そして ドゴン!「ふげっ!」 私が回避した事により、直線状に並んでいたキュルケに当たった。身動きできないんだからどうやっても避ける事は出来ないわよね。 潰れた蛙のよう声を出して気絶するキュルケ。ああ、何て可哀想なの!とても嬉しいわ私!うふふふふふ 大声で笑いたかったが。それよりも私に攻撃しようとした不埒者にお仕置きするのが先。 「ミス・ヴァリエール!杖を捨てろ!!」 下手人は魔法学院の先生の一人だった。生徒に魔法を使うなんて野蛮にも程があるわよ。 「杖を早く捨てて!頭の上で手を組んで床に跪け!早く!」 私は声を聞き流して、その先生に近づく。 どうせ教師の職権を乱用して、世界三大美少女に入るほど可憐な私に性的な悪戯をする気満々だろうし!命令を聞く気は無いのよ! 「ヴァリエール!指示に従え!!」 焦れたように叫ぶが私はそんなのを聞く気は一切無い。 距離が5メイルを切ってから―――私は一気に走り出した。 「くそっ!どうなっても知らんぞ!?エアハンマー!」 先生が杖を振り空気の槌が私の腹部に直撃―――する寸前! 私は滑るような足捌きで突如体を平行移動させる。ドガッ!「ひげぇ!」 後ろからキュルケの声が聞こえた、どうやらまた私が回避したことにより外れた弾の直撃をくらったらしい。 いい気味ね 「はぁぁぁ!?」 回避するとは思わなかったのか、化物を見るような眼で私を見つめる先生。 あんなんで倒せると思うとは甘い甘い。ココアにミルクと砂糖をたっぷり入れて生クリームを乗っけたより甘いわよ! 時が止まって見えるほど集中した私には、服の下の筋肉の微細な動きまで見えたんだから! 「おおおお!?」 魔法を放つ余裕が無いのか無我夢中に杖を振って私を殴り付けようとするが。 私は身を屈めてそれを回避!その動きのままに先生の懐に潜りこんだ!顔に驚愕の表情を張り付けているのが良く見える。 そして―――その身を屈めた運動による腰と足の力は腕に伝えられ!突き出される拳! 当たる寸前にその拳を柔らかく開き!粘りつくような掌を目標に捻り込む!狙いは先生の鳩尾! ドン! 破壊的な音が私の腕を通じて脳に聞こえた!カ・イ・カ・ン! 強烈な一撃をくらった先生は息を吐いてその場に崩れ落―――駄目押しぃぃ! 捻りを加えた足が顎を真上に蹴り飛ばす、上体が浮いて無防備な体を一瞬硬直させた。 私はその場でくるりと回ると、持っている杖を胴体に突き付け!即座に魔法を使い爆発を起こす! ドゴォォォン! 零距離で起きた爆発をまともにくらい、吹っ飛ばされて壁にめり込む先生。白目を向いて気絶してる。んん?泡まで吹いてる。軟いわね と言うか、ほぼ至近距離で爆発起こしたから私も煤塗れになっちゃった。後でペットショップに洗濯させないといけないわね なんて事を私が考えていると。 「ヴァリエール!!!!」 叫び声が聞こえた方向を見ると新手の先生の姿が!敵が増えた! モタモタしてられないわ! 「それぇ!」 倒した敵の杖を拾って思いきり投げ付ける。自分でも100点満点と思う程に洗練された投球フォームだ。 メイジにとって杖は命の次に大事な物。魔法学院の先生方がそれを知らないわけがない。 凄いスピードで一直線に飛ぶ凶器となった杖を、他人の物だからと言って魔法で撃ち落すわけにもいかず、私の目論見通りにしゃがんで回避する。 それを見てほくそ笑む私。その判断は、この戦いにおいて致命傷となる隙を作り出すわよ! 「!?」 飛ぶ杖に続いて突進していた私に気付いた先生が慌てた動作で杖を振り上げる。 だけど遅い遅い。気付くのが数秒遅いわね! ゴガッ! 私の頭突きが先生の顔面にクリーンヒット!噴水のように鼻血を噴出した!・・・うひゃっ!鼻血が頭にかかった!許せない! 反射的に顔を押さえる先生に、私の渾身の体当りが決まる。 倒れた先生の上に馬乗りになる私。俗に言うマウントポジションってやつだ。 鼻を押さえる先生の顔が恐怖に歪む。私が何をするか理解したようだ・・・・・・それも哀れに思うほど遅いんだけどね。 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!! 顔面に拳の連打をおみまいする。先生は狂ったように暴れるが、重心をピンポイントで押える私から逃れる事は出来ない。 それから十数秒後、ピクリとも動かなくなった先生の体の上から立ち上がる私。 目の端に又人影が見えた。敵ね!?敵は皆殺しの全殺しでズタズタのグチャグチャのミンチの刑よ!あははははははははは! 振り向くと、腰が抜けたような格好で後退りする女教師の姿を発見。補足して全速突進! 私が走ってくるに気付いたのか、泣きそうな顔が更に泣きそうになって持っている杖を振り、火を飛ばす。 「遅い!」 走りを止めずに首を曲げてその攻撃を回避。遅い遅い遅すぎる!集中している私にはスローすぎて欠伸が出るわよ! 絶望的な表情でそれを見た先生は悲鳴を上げながら、再度杖を振り巨大な火球を発射した。 それは『火』と『火』を使った攻撃呪文『フレイム・ボール』!小型の太陽が私を襲う! その火球が、体に当たって私を炭にするだろう一瞬前――――床を蹴り、壁を蹴って天井に届くほど高く跳躍しスーパーにビューティフルな形で回避。 それにしても『フレイム・ボール』なんて・・・・・・・生徒に向けて使うものじゃないわよ!危ないわね!これはお仕置きね! 「天誅!」 そのまま天井を蹴った勢いと重力加速を加えた私の蹴りが女教師の腹に決まった。 まあ、肋骨が粉砕して、内臓が破裂しかける程度に手加減しちゃったけど。私も甘いわね 甘美な勝利の感覚が脳に伝わり、知らず知らずの内に顔の表情が笑みを形作る。 「私が最強よぉぉぉぉぉっ!!!!」 ガッツポーズをとって叫び声を上げようとした所で、何かが鳴る音が聞こえて・・・・・・ 私の・・・・・・意識は・・・闇に落ちて・・行った・・・・・・zzzzz 倒れたルイズを見てやっと安心するコルベール、その手には秘宝の一つである『眠りの鐘』が。 コルベールは滅茶苦茶になった廊下や、打倒された教師達を見回すと、魂も吐き出すかのような溜息を突いた。頭髪が更に少なくなった。 この後、ちょっとばかり洒落にならない額の弁償金をルイズが払う事となったのは、物語とは更に関係無い話である。
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前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 21.最高の盗賊に栄光あれ 最近、才人は家に帰ると自室の押入を開けその中に入る。 オブリビオンの門がそこに開いているのだ。 正確にはヴァーミルナの領域、クアグマイヤーへの門が。 『おお、ぼーやか。おもしろかったぞこれ』 と、ヴァーミルナはご満悦そうに言った。 ドリルが格好良くて怖かったらしい。たしかにそうだ。 「また怖くできそう?」 『ああ。もっともっと怖くできるだろうなぁ』 にんまり顔の彼女はひどく可愛らしい。 そりゃ、才人が頼んだ姿形に変わってくれるのだから当然だが。 「ところで、ここっテさ」 『なんだ?』 「いや、ヴァーみルナが創った化け物とかは見るケど、 元からいルのっておマえだけダよなって思ってさ」 時間が経って二人の仲は良くなった。ヴァーミルナからしてみたら恐怖の情報源であり、 自身の信奉者なのだから、それなりに礼は尽くそうと思っている。 才人からしてみれば、何というか姿形もそれはそうだが、 どこか儚げな感覚が常に付きまとう彼女に、面と向かって見られると、 顔が赤くなってしまったりもする。 それをネタにからかわれたりもしているが。 『ああ、いらないからな。寂しくなんかないぞ。全くな。全然寂しくなんかないからな』 これ以上ないくらい寂しいから、 構ってくれオーラを出しながら言う彼女を見て、 案外、神様っていウのも人間くサい所があルんダな。 頬を膨らませながらも、何もしないヴァーミルナの頭を撫でながら、 そんな事を才人は考えた。 言うべきかナあ。昨日何かコこで出来ないカなト思ったら、 何デか知らないケど俺にも『創レた』っテ事。 『どうした?ぼーや』 「イや、何デもナいヨ」 そんなこんなで、また二人で悪夢の世界を過ごすのだった。 『Welcome to Quagmire』と書かれた霧の町の中の、 綺麗な湖の畔、二人は佇んでのんびりと過ごす。 何もせずにただ、それだけで何となく二人とも気分が良い。 車が湖に落ちた。だが、それが彼にとっての幸せなのだ。 例えそれが妻の望みでないとしても。 才人の精神は摩耗しているかもしれない。 マーティンのような英雄でもない常人の身で、 人でない存在の領域、オブリビオンに居続けるということはどういう事か。 彼はまだ理解できていないのだ。ヴァーミルナは気付いてすらいない。 あいつは、いなくなった。私よりもどこかに消え去る事を選んだ。 エセリウスにすらいない。どこに行ったか未だ分からない。 けど、こいつは。いや、何を考えているんだ私は。 ヴァーミルナに芽生えたそれは、ずっと昔に忘れた感情の一つであった。 アルビオン王国最後の砦、ニューカッスル城。 『イーグル号』と『マリー・ガラント号』は、 その城の隠された港を通り、ルイズ一行は現在、 ウェールズの居室にいた。 ここが王子の部屋?私の寝室よりひどいぞ。 マーティンはそう思いながら、曇王の神殿を思い出す。 北国故食う物はワイン以外悪く、オブリビオンの門を完全に塞ぐ為に、 デイドラ研究の毎日だった。しかしそれでも寝床は、 ちゃんとした皇帝らしいベッドで眠れた。 皇帝直属の護衛部隊である、ブレイズ側からしてみれば、 これぐらいはしないといけない。と考えていたらしかった。 「これが姫からいただいた手紙だ。このとおり、たしかに返却したぞ」 「ありがとうございます」 ルイズが恭しく手紙を受け取ってから、明日の便でトリステインに帰りなさいと、 ウェールズは言った。 「その、殿下。王軍に勝ち目は無いのですか?」 「ああ。万に一つすらね。今我々に出来ることは、勇敢な死に様を奴らに見せる事だけだ」 言いながら笑うウェールズを見て、マーティンはいたたまれなくなった。 自分も、下手をすればこうなっていたのだ。そう思って。 「殿下…この手紙は――」 それは恋文であり、アンリエッタとは恋仲だった。そうウェールズは言った。 ルイズは彼に亡命を勧めたが、結局彼は折れようとはしなかった。 「君は正直だね、ミス・ヴァリエール。だが、亡国への大使としては適任だろう。 もはや我らに隠す事などない。誇りと名誉だけが我々を支えているのだ」 さぁ、パーティが始まる。最後の客である君たちを是非とももてなしたい。 ウェールズの言葉を聞き、マーティンとルイズは部屋を後にした。 ワルドがウェールズに頼み事をして、ウェールズはそれを引き受けた。 「諸君。忠勇なる臣下の諸君に告げる――」 王の言葉がパーティ会場のホールに響く。 彼はおそらく、本心から皆の事を気遣っての事だったのだろうが、 むしろ、余計に明日の最後の戦いへの士気を上げる事となってしまった。 だが、それで良いのかもしれない。 彼らは、もう助けることが出来ないのだ。 もしトリステインに入れてしまったら何が起こる? 貴族派へトリステインを攻め入る口実を作るだけだ。 それに、ここで助ける事ができても彼らはどう生きていけば良い? 最後の最後まで残った彼らは、決して他の王へなびきはしないだろう。 一人の君主に仕える、彼らの意地と誇りを汚そうとする真似なんて、 マーティンには出来なかった。もしかしたら、デイゴンを倒せなかったら、 自身がこのような事を言っていたかもしれないのだ。 だからこそ、マーティンは彼らの勧める物を一つ残らずいただく事にした。 「おお、良い飲みっぷりですな!それでこそ勧めた甲斐があるという物。ささ、もう一杯!」 彼らは、悲しみだとか恐怖を忘れ、どうやって格好良くあの世へ逝くかを考えているのだろう。 この雰囲気は北の街『ブルーマ』近く、決戦場と今では呼ばれる、あ のデイゴンの軍隊と戦った時の空気と殆ど同じだった。 勝てるかどうか。そんな事は全くもって分からなかった。 だが、勝たなければ定命の存在全ての命が脅かされてしまう。 勝つ他無かった。あの時も友がいたからこそ何とかなったな―― 昔を思う。皆と、かの英雄がいたからこそ上手く行ったのだな、と。 ふと、辺りを見回してみると、ルイズの姿が見あたらない事に気付いた。 おそらく、この空気が嫌になったのだろう。分からないでもない。 だが、ワルド子爵も気付いたらしい。私に礼をすると、 彼女を探しにホールから出て行った。 気が付いたら、隣にウェールズ皇太子がいた。 「人が使い魔というのは珍しいものですね」 「いやはや、トリステインでも珍しいそうですよ」 違いないでしょうね。ウェールズは笑った。心からの笑みだった。 彼も恐怖が無いわけではない。ただ、忘れて進もうとしているだけだ。 だから彼は司祭だという彼に祈って欲しかったのだ。 「貴男の様な若い方に先に逝かれるのは聖職者としてでなくても悲しい事です」 「そうですかな?けれど、おそらく私たちは祖先の下へ行く事が出来るでしょう。祈って下さいますか?明日の為に」 「その、私はこの辺の国の司祭では無いので――」 おお、とウェールズは驚いたらしい。目を見開きしっかりとマーティンの顔を見た。 「いや、失礼。では、あなたの国の神でも構いません。祈ってくださいますか」 「ええ、分かりました。九大神よ、民草を守り導いた戦神タロスよ。どうかこの者達にご加護をお与え下さい…」 マーティンの古い祖先、タイバー・セプティムが神格化した存在、タロス。 北の竜の異名を持つ彼は死後、神格化して後戦いの神となり、 旧八大神に加わって、今のタムリエル帝国の国教『九大神』に奉られる神の一つとなったのだ。 「ありがとう。始祖と更に異国の神の加護を得られたのだ。 明日の戦は敵に目に物見せることが出来るだろう。感謝するよ。ミスタ・セプティム」 どういたしまして。本来なら負け戦になんてなって欲しくないが、 しかし、もうどうしようもないのだ。ほんの少しの人間で、 どうすれば大勢の敵にかなうと言うのか。 マーティンは、ウェールズが遠のいた後、 自分の寝床はどこかを給仕に尋ねていると、ワルド子爵に肩を叩かれた。 「マーティンさん。すこしお話したいことが」 「ええ。どうかしたのですか?ミスタ・ワルド」 ウェールズ皇太子を仲人に、明日結婚式を挙げるとの事だった。 勇敢な戦士、もしかすれば英雄になりえる者からの祝福は、 とてもありがたい物だ。マーティンはそう思い、 邪魔者にならない様に先に帰るべきか聞いた。 「いえ、問題はありません。グリフォンでも滑空で帰りますから」 それならあまり労力を使わないで帰ることが出来るらしい。 なるほど。そういう事なら出席しよう。マーティンはホールを離れ、 今日の寝床へと、ロウソクの燭台を持ちながら進んだ。 嗚呼、何故己はこうなのであろうか? ジェームズ王は、ベッドの中一人ため息をついた。 いつも、いつも自分の行いたい事を伝える事が出来ぬ。 思えばモードの時も―― 「夜分遅く、申し訳ありません陛下」 何人かの従者が困惑する中、扉から男が現れた。 嗚呼、なるほどな。王はこの男を見たことが無かったが、 おそらく先ほどのパーティで、 本当の所逃げたいと言いたかったのだと思った。 熱狂とは怖い物だ。いつだって正常な思考判断を無くしてしまう。 何故、私はこの様な事ばかり…己が無能だからだな。 コホンと王は咳をして、人払いを命じた。 立ったままの男と、ベッドに入った王が対峙する。 「用件は、先ほどの席の話かね?」 「いえ、プリンス・モードについての事です」 心臓が、凍った。 「な…」 「娘がまだ生きているのです。そして、何故かような事をしたのか、何があっても聞いてきて欲しいと」 ああ、そうだった。何が王に続くが良い、だ。 自身に戦場で散る様な名誉が、 残っているはずなかろうというのに。 「ああ、全て話そう。何があったか。全てをな」 マーティンが廊下を歩いていると、ルイズが廊下の窓を開けて、 月を見ているのを見た。涙を流している。 マーティンは何も言わず、彼女の近くへと行った。 ルイズは彼に気付いて、どうにか泣くのをやめようとしたが、 止めどなく涙があふれ出し、どうにもやめることが出来なかった 「泣きたい時は泣けるだけ泣いた方が良い。後で泣かなかった分後悔するからね」 優しく諭すようにマーティンは言った。 ルイズはマーティンに抱きつき、声を上げて泣き出した。 彼はルイズの頭を優しく撫で続けた。 少し落ち着いたらしい。ルイズが口を開いた。 「いやだわ…あの人たち…どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫さまが逃げてって言ってるのに、 恋人が逃げてって言ってるのに…」 「逃げたとして、どうするね?」 「トリステインで、匿えばいいじゃない。バレたりしないわ」 「彼らも貴族だよ。誇りや意地を無くす事は出来ない」 それでも、それでも。とルイズはまた泣きそうになって言う。 よしよしとマーティンは頭をなで続けた。 ルイズも理解はしている様だ。ただ、 それを是とは何があろうとしたくないのだろう。 当たり前だ。どうして今日知り合った友人の死を許すことが出来るか。 だが、どうしようもないのだ。本当に、どうしようもないのだ。 「それが、真でございますか」 真実が語られ、沈黙に包まれた寝室の中、見知らぬ者が小さく言った。 「うむ。さぁ、朕を討て。あの娘にはそれをするだけの理由がある」 「何か勘違いしておりますな。陛下」 男はニヤリと笑った。 「何が違うと言うのか。汝は朕の命を狙いにあの娘から頼まれたのであろう?」 「残念ですが、命を盗む事は我らの流儀に反するのです」 「何…盗むだと?」 男は灰色頭巾を被った。途端に王の顔色が変わる。 「き…貴様まさか!!」 「待たせたな!と言うべきだろうかな。テファにあんたと王子を助けろと言われて来たのだ。手ぶらで帰る気は全くないぞ?」 グレイ・フォックス。彼が起こすは不可能な任務の成功劇。 やがて起こる、一連の伝説的な時代の幕開けを飾るとも言えるこの事件は、 後の世では歌劇として親しまれた。灰色狐の伝説が、今また一つ書き記されようとしている。 クエスト『灰色狐の強奪』が更新されました。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
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前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 『このメールが無事にPCに届いている事を、 そして君がこのメールを無事に読める状況にあることを願って。 才人くん、元気にしているだろうか。 「そちら」が「こちら」の時間が同期しているかどうかはわからないが、君がいなくなってから「こちら」では約半年が経過している。 今更言う事ではないのかもしれないが、今君がいる場所は「地球」ではない。 俗な言い方をすればいわゆる「異世界」と呼ばれる場所だ。 君達の常識では考えられないことかもしれないが、この世にはそういった常識の「外側」が存在する。 君が今いる異世界もそうだし、君が今まで生きてきた地球も例外ではない。 かくいう俺自身も、そういった「外側」を知りそこに生きている人間でもある。 ご両親から君が行方不明になった事を聞いた時は、正直驚いた。 だが、君が俺の修理したPCを持ったまま行方を消した事が不幸中の幸いだった。 ……実は、君のPCにはちょっとした遊び心で改造を施してあったのだ。 いわゆる「外側」の技術を使ったものだ。 まあ充電不要になるとかちょっぴり余分な機能がついている程度で普通に使う分には気付く事もないようなものだ。 ただ……いやなんでもない』 ※ ※ 「イノセントのPCを魔改造してんじゃねえよ……」 「き、気になる所で切んないでよ叔父さん! ただ何なんだよ!?」 『なに、ちょっと特殊な操作をするとボーンと爆発するだけだ。あまり気にするな』 「メールが返事すんなよっ!? っつうか自爆装置とかつけんなよ!?」 「お、俺のPCにそんなロマン機能がっ!?」 ※ ※ 『話を本題に戻そう。 とにかく、そんな訳で君のPCには俺謹製の処理が施されてあったのだ。 行方不明という事を知った後、俺はそれを頼りに独自に捜索を行なった(GPS的な用途に使ったと思ってくれればいい)結果、君が地球ではなく別の世界にいるという事を突き止めた訳だ。 ……突き止めたまではよかったが、そこからが問題だった。 君がいる「場所」はわかったのだが、そこに辿り着くことができなかったのだ』 ※ ※ 「……」 メールを見ながら柊は眉を潜めた。 文面のそのフレーズは以前にフール=ムールが言っていたのとほぼ同じなのである。 ――見つけたところで喚ばれぬ限り"辿り着く"ことはできない。 (どういう事だ? ファー・ジ・アースの人間はこっちに来れない理由があるのか?) フール=ムールはそれを『ここがハルケギニアだから』と言っていたような気がする。 この世界は主八界とか関係ない『外世界』ではなく、ファー・ジ・アースと何らかの関係がある世界なのだろうか? 答えの出せない疑問を胸に浮かばせながら、柊はメールを読み続ける。 ※ ※ 『俺のできる限りの知識やコネを使ってそちらに繋がるゲートを作ろうと試みたが、それは叶わなかった。 そもそもの話、「外側」の技術で君達イノセント(外側を知らない一般人)に対して過度の干渉をする事はあまり薦められた行為ではない。 俺が取引した、ゲートを作り得る技術を持った組織もその趣旨は例外ではなく、組織のトップにいる人物はその点に関して殊に厳格だった。 結果としてゲートが繋げられない事実が判明すると早々に捜索は打ち切られてしまった。 こうして君にメールを送ったのは苦肉の策、あるいは最後の手段だった。 無事に届くという保障はないが、何もしないよりはマシだろう。 長々と書いてしまったが、結論としては「こちらからは君を助ける事ができない」という事になる。 そう結論付けることしかできないのは非常に心苦しい。俺の力の及ばなかったことを許して欲しい。 無責任な言い方かもしれないが、決して諦めないでくれ。 俺や君の御両親、君の友人。そういった人達が君の戻ってくることを待っている事を忘れないでくれ。 彼等は君と同様イノセントなので事情を明かす訳にはいかず、とりあえずは俺の勤めているミーゲ社の所在地……つまりドイツに留学という形で処理している。 だから君は何も心配せず、ただこちらに戻ってくる事にだけ頑張って欲しい。 故意にせよ事故にせよ、こちらとそちらを繋ぐゲートが存在した以上、必ずそれを作る手段があるはずだ。 それに、君は覚えていないだろうが、君には以前からこの手の「外側」に対する適応力が見て取れていた。 だから俺は、君が今の状況を受け入れそして乗り越える事ができると信じている。 再び君と会える日が来ることを、心から祈っているよ』 ※ ※ ※ 「……叔父さん」 サイトはわずかに顔を俯かせ、手の甲で目元を拭った。 一緒にメールを読んでいた柊が、力強く肩を叩く。 「大丈夫だ。俺も手伝う。俺もこの十蔵って人と同じウィザード……『外側』ってのを知ってる人間だから、力になれる」 「……うん」 ありがと、と呟くように言った後サイトは改めてメールを見やった。 そして柊に眼を向け、尋ねる。 「俺のこと、ドイツに留学って事にしてるみたいだけど……」 懇意にしている親戚ではあるが、基本ドイツに在住している十蔵にすぐに連絡がいくという事はあまりないはずだ。 つまり十蔵がそれを知ってサイトの事情を調査し、そして対応するまでに行方不明という事はそれなりに広まっているはずだ。 果たしてそれで誤魔化せるものなのだろうか。 すると柊は腕を組んで少し考えると、 「多分記憶処理かなんかだろうな。地球じゃそうやって『外側』の事を知られないようにしてるんだよ」 「き、記憶処理って。それじゃ……」 「……。お前は最初っから行方不明になんてなってなくて、単にドイツに留学してるからいないだけ……って周りの人達は思ってるってことだ」 「そんな……」 幾分申し訳なさそうに柊が言うと、サイトは顔色を失って肩を落とした。 「けど、親御さんとか友達に行方不明だって心配かけるよりはずっといいだろ?」 「それは、そうだけど」 理屈としてはそれは理解しているし、心情としてもそういった人達に心配をかけたくない、かけずにすむ事になって安堵しているというのは確かにある。 だが、その一方で自分がこんな事になっているのを知らず、自分がいない事に疑問も抱かないどころか気付いてさえいないという事実に、まるで見捨てられたような感覚も覚えるのだ。 矛盾した感情を上手く処理する事ができずに、サイトは呆然とメールの開かれたディスプレイを見つめることしかできなかった。 柊はそんなサイトを見やって口を開きかけたが、上手く言葉にできずに黙り込んでしまう。 部屋に下りた沈黙を破ったのは、搾り出すようなか細い少女の声だった。 「……サイト」 「テファ?」 振り返って彼女に眼を向け、サイトは眼を見開いた。 椅子から立ち上がり、しかし近寄りがたいように立ち尽くしてサイトを見やる彼女の顔は酷く翳っていて、今にも泣きそうに見えたのだ。 「その手紙……みたいなの、私には読めないけど……家族の事が書いてあったの?」 「あ……うん。まあ……」 サイト達がハルケギニアの文字を知らなかったのと同様、ティファニア達には地球の文字が読めないのでメールの内容はわからないだろう。 だが、その後の柊との会話でなんとなく類推することはできたはずだ。 誤魔化すこともできずにばつが悪そうにサイトが答えると、ティファニアは顔を俯けてしまう。 「ごめんなさい……」 「……テファ」 「私のせいだよね? 私がその地球からサイトを召喚しちゃったから、サイトは家族とも離れ離れになって……」 「い、いや。テファのせいじゃないって。別にわざとやった訳じゃないし、俺だって何も考えないで馬鹿みたいな事しちゃったからこうなったんだし」 サイトは慌ててティファニアに駆け寄ると、宥めるように肩に手を置く。 すると彼女は俯いたままサイトに身体を寄せて、顔を彼の胸に埋めた。 ――泣きそう、ではなかった。 サイトの胸にしがみつく様に身体を寄せる彼女は、泣いていた。 「ごめんなさい。私にできること、何でもするから。虚無の魔法っていうのも、覚えられるようがんばるから」 ティファニアはサイトに顔を向けないまま、肩を震わせて言う。 「――メロンちゃんとかもやるから」 「いや、メロンちゃんはもういいから!?」 マチルダの殺気が膨らんだのを察知して、サイトは慌ててティファニアの両肩を掴んで引き剥がす。 そしてサイトは見上げる彼女を真っ直ぐに見据え、ふっと笑って見せた。 「大丈夫だよ、テファ。柊も協力してくれるし、どうにかなるって。父さんとか母さんの事だって、叔父さんが上手くやってくれてるって書いてた。だからテファが心配することなんてない」 なおも不安そうな表情で見つめてくるティファニアの視線を受けてサイトは一瞬言葉につまり、そして少しだけ眼を反らしながら照れ臭そうに呟いた。 「だから、その……テファにそんな顔されてる方が、困る。テファは笑ってる方が似合うと思うし……その。ほら、俺、使い魔だから、テファのこと守るのが仕事だから、俺が泣かしたみたいなのは……」 「……サイト」 少し前にマチルダに似たような事を言ったのを思い出して口に出してしまったが、気恥ずかしくなったのかサイトは次第にしどろもどろになって最後には完全にそっぽを向いてしまった。 ティファニアはサイトの言葉を胸の裡で反芻すると、僅かに頬を染めてくすりと笑みを浮かべた。 それを見てマチルダは口の端を歪めてふんと鼻で笑い、柊もにやにやとした表情で「言うなあ」と零す。 周囲の反応を見やってサイトは羞恥に顔を染めた。 「か、勘違いしないでよね! これはただの使い魔の仕事なんだから!」 「なんでそこでツンデレなんだよ!?」 呻くように叫んだサイトにすかさず柊が突っ込むと、テファは今度こそ声を漏らして笑った。 沈殿してした空気がどうにか持ち直した事に柊は安堵を覚えつつも、 (……ルイズもこれくらい協力的だったらなあ) 僅かばかりの羨望を感じてしまった。 しかしよくよく考えてみると、ルイズは柊に対してはともかくエリスに対してはそれなりに柔らかい対応をしているし、エリスもうまくやっているようだった。 (もしかしてぞんざいに扱われてるの俺だけなのか……?) なんとなく釈然としない気分になった。 柊は気をそらすようにしてノートパソコンに眼を移し、サイトに声をかける。 「サイト。他のメール、いいか?」 「え? あぁ」 言われてサイトも思い出したかのように再びノートパソコンへと歩み寄る。 十蔵からのメッセージはあれで終わりだったが、送られてきたメールは一つだけではない。 残ったメールには全て添付ファイルがついているというのも気になる所だった。 サイトは二番目に送られてきたメールを開いた。 ※ ※ ※ 『追伸。 君を救出する事は叶わないが、せめてもの力添えをしたいと思いコレを送る。 もし君のいる世界が平穏に満ちた場所であったのなら、コレは無用の長物だ。 場所を取って大変邪魔になるので、このままファイルを開かずに放置しておいた方がいい。 だがもしそうでないのならば、コレは君の力になってくれるはずだ。 コレは君の翼だ。君にはコレを扱う「資格」がある。 俺の翼は既に折れてしまったが、君ならば俺の届かなかったあの蒼穹の果てにも辿り着けるだろう。 君に戦乙女の加護のあらんことを。 平賀 十蔵 』 ※ ※ ※ 「……なんだ?」 書かれている内容がいまいち理解できずサイトは首を捻ってしまった。 ちらりと隣の柊を覗いてみたが、彼もまた眉を潜めている。 ただ、その表情はサイトのように意味がわかっていないというのではなく、何事かを考えているようでもあった。 「どういうことか、わかる?」 「……なんとなく」 サイトの問いかけに柊は呟くように返した。 サイトの状況を理解していてこの内容だとすれば、おそらく送られてきたという『何か』はウィザードの技術を使ったものなのだろう。 更に言えば、文中で書かれていた通り『平穏でない場合に力添えになる』ものでもある。 添付ファイルで送られてきたという事はおそらくその中身は術式プログラムである可能性が高い。 術式プログラムとは回復魔法などと言った魔法技術を電子プログラム化して軽量化と効率化を図ったもので、中には魔術書一冊が丸々プログラム化してメモリの中に封入してある事さえある。 しかし、この術式プログラムをインストールするためには機器に《メモリ領域》という専用の記憶媒体が必要になるのだ。 これはかなり特殊な技術であり、柊やエリスの0-Phoneにすら搭載されていない。 「イノセントのPCにどこまでやってんだよ……」 普通に使う分にはまず気付かれない範囲とはいえ、いくらなんでもやりすぎな改造に柊は嘆息した。 そして不思議そうに覗き込んでくるサイトに眼を向けると、肩を竦めて見せた。 「まあ、お前の叔父さんが信用できる人なら悪いもんじゃねえだろ。開いてみればいいんじゃないか?」 「……んじゃ」 僅かに逡巡した後、サイトは添付ファイルを開いた。 ――同時にディスプレイ上にある全てのウィンドウが閉じ、画面一杯に新しいウィンドウが開かれる。 その直後、まるで滝のように意味のわからないプログラム言語が流れ出した。 「う、うわあっ!? な、なんだコレ!! ウィルスとかじゃねーの!?」 「俺にもわかんねえよ!」 怒涛の勢いで溢れ流れる文字群にサイトは思わず身を強張らせる。 処理が追いついていないのだろうか、PCがガリガリと嫌な音を立て始めた。 「大丈夫なのか? 本当に大丈夫なのか!?」 「だからわかんねえって――」 サイトが泡を食って柊に詰め寄ろうとした時、PCに更なる異変が起こった。 流れ続けるプログラム言語はそのまま、ディスプレイ上に淡く光る魔方陣が描き出されたのだ。 「お、俺のPCがァーーっ!?」 「さ、サイトちょっと下がれ!」 柊はサイトを引き摺るようにして後ろに下がらせて、PCとの間に立ち塞がるように位置取った。 危険はないとは思うのだが流石に不安になり、月衣からデルフリンガーを取り出すか数瞬迷う。 と、その間にPCの異音がぴたりと止まり、それと共に流れていたプログラム言語も停止した。 ディスプレイ上で淡く明滅する魔方陣に眉を潜めながら、柊はPCを――画面一杯に陳列するプログラム言語を凝視する。 この手の知識がない柊にはその内容も意味も全く理解できなかったが、かろうじて読み取れる単語を見つけ出した。 「ガーヴ……月衣?」 改めて画面を見渡すと、その単語がいくつか散見できる。 という事は、このプログラムと魔方陣は月衣に関する何かなのかもしれない。 サイトやティファニア、マチルダが言葉も失って呆然と見やる中、柊はPCに歩み寄ってディスプレイに手を伸ばした。 五指が液晶の画面に触れ――その手が画面の中に入り込む。 「な、なにしてんだ!?」 「……多分、この『中』に十蔵って人が送ってくれた物が入ってる」 「中ぁ!?」 この魔方陣はおそらくガンナーズブルームの圧縮弾倉と似たような代物なのだろう。 それをプログラム化して送ってくる辺り、平賀 十蔵というウィザードはかなり優秀な技術者のようだ。 「……あった。コイツは――」 中に収納されている『何か』を掴み取り、次いで眉を顰めた。 そして柊はソレをしっかりと掴んだまま引きずり出す。 魔方陣の中から現実の空間に顕れたそれは――巨大な剣だった。 「やっぱり、ウィッチブレードか」 ガンナーズブルームを始めとしたウィザード達が用いる『箒』――その中でも近接戦闘型のモノだ。 現在柊が所有している一世代前のガンナーズブルームはどこか機械的で無骨な印象があるが、こちらは現行型で全体的に洗練されたフォルムを持っている。 「す、すげえ……」 完全に現出したウィッチブレードを凝視しながら、サイトが感嘆にも似た声を上げた。 これまで呆気に取られるしかなかったマチルダは、やはりどこか呆然と言った態で呻く。 「……一体なんなんだ、それは……」 「箒……あー、『破壊の杖』の同類みたいなもんだよ」 「破壊の杖? 全然似てないじゃないか」 「用途が違うだけで同じ系統のモンなんだよ。あっちは『銃』でこっちは『剣』」 言いながら柊はウィッチブレードを起動させる。 反応を示す音と共に重低音が響き渡り、後部スラスターから淡い魔力光が零れだした。 動作は特に問題なさそうだ。 おおおー、と感動した面持ちで歓声を上げるサイトを他所に、柊はウィッチブレードの状態を確認していく。 オプションスロットには姿勢制御用のスタビライザと、出力上昇用のエネルギーブースターがいくつか。 いわゆるフル装備という奴である。 イノセントにどこまでやる気なんだよ、と柊は眉を顰めながら各部位をチェックし、 「……なんだこりゃ?」 思わず上擦った声を上げてしまった。 この箒、外見上はウィッチブレードに属するそれなのだが、中身がまるで別物で性能も奇妙な代物だった。 まず、スペックでいうと現行のウィッチブレードをかなり上回っている。 柊の知る限り現行の箒の中では最上級とされる『エンジェルシード』と比較しても遜色ない……どころか、それすら凌駕しているといっても過言ではない。 ――のだが、『制限機動』というモード設定によって出力と一部機能にリミッターがかけられている。 しかも肝心要のコアユニットが現行のウィッチブレードと同一規格なので、スペックを十全に発揮するには出力が圧倒的に不足していた。 例えていうならF1のレーシングカーに普通車のエンジンを載せているようなものだ。 通常のウィッチブレードと同程度の性能は発揮できるとはいえ、これでは竜頭蛇尾もいいところではないか。 「試作機……未完成品ってところか」 言いながら柊がウィッチブレードを軽く振るうと、剣身に通常の魔導具に用いられる魔術刻印のルーンとは異なるサインを見つけた。 記された文字は『VALKYRIE-03』。 「ヴァル……ヴァルキューレ03? この機体の名前か?」 ナンバーが振ってあるという事はあるいは何らかのシリーズのコード名なのかもしれない。 そんな事を考えていると、サイトが弾けるように叫んだ。 「ひ、柊! それ、見せてもらってもいいか!?」 「お、おう。まあ元々お前用に送られてきたんだしな」 好奇心を抑えきれないといった様子のサイトに少し気後れしながらも、柊は念のためウィッチブレード――ヴァルキューレ03を機動停止させてサイトに手渡す。 歓声混じりで子供のようにヴァルキューレ03を手に取り、あちこち観察するサイトを柊は嘆息しながら見つめた。 「うおー、すげー! かっこいい!!」 「馬鹿、振り回すんじゃない! 玩具じゃないんだよ!」 実際に『破壊の杖』の挙動を見た事のあるマチルダが抗議交じりに柊を見たが、彼は軽く手を振った。 「機動した状態じゃなきゃ単なる馬鹿でかい鈍器だから、あの時みてえな事はできねえよ」 言って柊は改めてPCに向き直った。 箒を取り出した事で再起動がかかったのか、PCの画面はウィンドウの開いていない初期の状態に戻っている。 メールソフトを開いてみると、添付ファイルの着いた複数のメールの内最後の物以外は全て開封済みになっていた。 唯一の未読メールを開いてみると、それは箒の取り扱いについてのマニュアルだった。 ふと思い立ち、柊は先程の月衣もどきが機動したプログラムを再び起動してみる。 しかしファイルの破損によりプログラムは実行されなかった。 どうやら内容物を取り出した事でプログラムだかステータスが書き換わってしまったようだ。 複製は不可能なのがわかって柊は軽く舌打ちする。 そして柊はしばし何かを黙考した後―― 「サイト」 「え、なに?」 「……大事な話がある」 努めて真面目な表情で柊が言ったので、浮かれ気味だったサイトも僅かに眼を見開き黙り込んだ。 そして柊は重々しく口を開く。 「お前、確かルーンがガンダールヴって言ってたよな?」 「あ、うん。何かブリミルがどうとか伝説の使い魔だとか」 「そうだな。伝説の使い魔って話だったな。……伝説の使い魔だったら、使う武器もそれにふさわしい伝説の武器の方がいいと思わねえか?」 「え? そりゃまあ、それもお約束だしなあ」 「そうだろうそうだろう。そこでお前にいい話がある」 「い、いきなり胡散臭くなったぞ」 「まあそう言うなよ」 言いながら柊はおもむろに月衣からデルフリンガーを引っ張り出した。 『なんだ、やっと出番か? 待ちくたびれたぜ……いや、月衣の中じゃ時間経過とかあんま関係ねーんだけど』 「け、剣が喋った!?」 驚きを露にするサイトをよそに、柊は至って真面目にサイトに語りかけた。 「こいつはデルフリンガー。かつてガンダールヴが使っていたという伝説の魔剣だ。訳あって今は俺が使ってるが、 やっぱ伝説の剣は伝説の使い魔が使うのがふさわしいと思うんだ。デルフもそう思うだろ?」 『なんだ、その小僧ガンダールヴなのか? まあ確かにガンダールヴ用の能力もあったような気もするが……』 「そんなのあったのか」 『多分』 「そうかそうか、なら話は早ぇ」 そして柊は気持ち悪いくらい朗らかにサイトに笑いかける。 「デルフもこう言ってるし、こいつを本当の意味で使いこなせるはお前なんだ……そう、お前だけだ!」 「お、俺だけ……!?」 超嬉しそうに声を上擦らせるサイト。 何故かデルフリンガーも嬉しそうに声を上げる。 『こ、これはアレか? 俺様の真の所有者を巡って争いが勃発!? やめて、俺様のために争わないで!!』 そして柊が畳み掛けるようにサイトに詰め寄った。 「そんな訳だからコイツとその箒を交換してくれ!」 「ヤだ」 『またしても即答!』 「チッ!」 デルフリンガーが愕然と叫び、柊が忌々しげに舌打ちする。 「いいじゃねえかよ! 今から箒の使い方覚えるよりも普通の剣の方が扱いやすいだろ!?」 「ふっ……よくわかんねえけど、ガンダールヴのルーンがあると武器の使い方がわかって身体も軽くなるんだよ。だから全然問題ないし。何なら今からコイツを起動させてやるぜ?」 「くっ……なんだよそのインチキくせえ能力!」 悔しそうに、そして羨ましそうに顔を歪める柊にサイトは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。 「それにこれは叔父さんから貰った大事なモンだし! 喋るのは珍しいけど普通の剣よりこっちの方が格好いいし、強そうだし!!」 『……おい小僧』 意気揚々とヴァルキューレ03を掲げてのたまうサイトに、酷くくぐもったデルフリンガーの声が響いた。 「あんだよ」 『屋上。……じゃねえ、表に出ようぜ……久々にキレちまったよ……』 わなわなと震えた声でデルフリンガーはそう漏らし、次いで爆発したように叫びだした。 『外面ばっかで選んでんじゃねえよこのボケッ! 男だったら中身で勝負しやがれ!』 「いや中身でも圧倒的にあっちのが上だろ」 『やかましい! とにかく、テメェみてえなド素人のガンダールヴに使われるぐれえなら相棒の方が百万倍ましだってんだよ!!』 柊の突っ込みを無視して喚き散らすデルフリンガーを、サイトは流石にこめかみを引くつかせて睨みつける。 「なんだよ、喧嘩売ってんか? ……上等じゃねえか。古臭え伝説に現代の戦術って奴を思い知らせてやるよ」 『やってみろよ。新しいモン好きのバカガキに伝説の信頼と実績って奴を見せ付けてやらあ』 お互いに顔(?)を突きつけてにらみ合う一人と一本を見ながら、柊はおずおずと手を上げる。 「おい、おかしくねえか? その流れで行くならデルフを持ったガンダールヴのお前が箒持った俺とやるのが正しいだろ?」 「細かいことはいいんだよ!」 『もう何がなんだかよくわからねえがとにかくそういう事なんだよ! おら、行くぞ相棒!』 「またこんなかよ!」 召喚されて早々にギーシュとの決闘に巻き込まれた事を思い出し、柊は思わず叫んでしまうのだった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第八十五話「泣くな失恋怪獣」 硫酸怪獣ホー 登場 ……ウチのクラスにルイズが転校してきてから、一日が経った。第一印象が最悪だったんで、 一時はどうなることかと思ったが……ルイズはきついところはあるけれど、意外と気さくで 人当たりのいいところがあって、案外すぐ打ち解けられた。いやぁよかった。どうしてかそれと 前後してシエスタが妙に不機嫌になっているが……。 何はともあれ今日も登校すると……校舎の玄関口で、そのルイズが一人の男子といるところを 目撃した。あいつは、確か……同じクラスの、中野真一って奴だったっけな? ルイズは中野に対して、バッと頭を下げた。 「ごめんなさい!」 何故か謝られた中野は、思いっきりショックを受けているようだった。 「そ、そんな!? ルイズさん、せめてもう少し考えてくれても……!」 「えーと、何て言うか……わたし、あなたをそういう風には見られないんです! だから…… ほんと、ごめんなさい!」 もう一度謝ったルイズが校舎の中へ逃げるように駆け込んでいく。何だ何だ? 「そんなぁ……ルイズさ~ん……」 置いていかれる形になった中野は、ガックシと肩を落としうなだれた。 呆気にとられる俺とシエスタ。これってまさか……。 「朝から賑やかなことだな」 と言いながら俺たちの元に現れたのはクリスだ。 ……あれ? クリスって……この学校にいたっけ? 昨日はいなかったような……。 まぁいいや。俺はクリスに何事だったのかを尋ねる。 「クリス」 「ああサイト、おはよう」 「おはよう。クリス、今さっきルイズと中野が何やってたのか知ってるか?」 「ああ。あの男子が、ルイズに自分とつき合ってほしいと告白をしたんだ」 告白! 俺とシエスタは目を丸くして驚いた。 「しかし、あの様子ではきっぱりと断られたみたいだな。かわいそうに」 「ナカノさん、ルイズさんは転校してきてまだ一日なのに、大胆ですねぇ……」 シエスタが呆けながらつぶやいた。確かに、大胆というか急ぎすぎって感じはするな。 「彼の気持ちがそれだけ真剣だったのだろう。真剣な気持ちに時間は関係がないということ、 師匠も言っていた」 クリスはそう語った。弓道部主将にして剣の達人でもある、女侍といってもいいクリスの師匠…… どんな人なんだろう。 ん? つい最近教えてもらったんじゃなかったっけ? でも、記憶には全然ない。また何か 変な思い違いをしてるのかな、俺……。 俺たちが話している一方で、中野は依然として肩を落としながらトボトボと校舎の中に入っていった。 その背中からは哀愁が漂っている……。確かにかわいそうだが、俺たちに出来ることなんてないよな。 せめて、早く失恋から立ち直ってくれることを祈ろう。 おっと、授業が始まる時間が近づいてきた。俺たちも教室に行こう。 教室に入り、授業が開始される寸前に、ルイズが俺に呼びかけた。 「ちょっと……」 「ん? ああ、また教科書持ってきてないのか?」 俺はまだルイズが教科書をそろえてないのかと思ったが、そうではなかった。 「違う! ……これッ!」 と言ってルイズが俺に突き出したのは、布にくるまれた箱型のものだった。 「何だこれ?」 「これは……その……あの……!」 「あの?」 「お、お、お、お弁当よ!」 弁当? どうしてそんなものを、こんな時間に出すのか。 「そうか、弁当か。随分でかいな。こんなに食ったら太るぞ」 「わ、わたしのじゃないもん!」 「じゃ、誰の?」 「あ、あ、ああああんたに決まってるでしょ!」 ……え? 「俺の? 弁当? お前が?」 「か、勘違いしないでよね! た、ただ、昨日、道でぶつかって謝りもしないままだったから……。 ほ、ほんのちょっぴりだけ悪かったなって! だから、お詫びの気持ちよ、お詫びの! ほ、ほんとに そ、それだけなんだからね!」 弁当……。女の子が俺に弁当を……。 俺は思わず教室の窓を開け放ち、青空に向かって叫んだ。 「神様ー! 生きててくれてありがとおおおおおお!! 僕は幸せで――――――す!」 「えぇッ!?」 驚くルイズ。周りの奴らもこっちに振り向いていた。 「ど、どうしたの? 平賀くん、何をやってるんですか?」 「ああ、またサイトが変なことしてるだけ。気にしたら負けよ」 目を丸くしている春奈に、モンモランシーがそう答えていた。変なことで悪かったな! この感動を表現するには、これくらいのことはしないと駄目だったんだよ! 「ちょっと! 恥ずかしいじゃない! どうして空に向かって雄叫び上げるのよ! みんな見てるわ!」 慌てふためくルイズに、俺は熱弁する。 「だって、弁当だよ? 手作り弁当だよ!?」 「そ、そうだけど! は、恥ずかしいからやめてよ!」 「お、俺、女の子に弁当もらうのなんて……。う、う、生まれて初めてで……。うっうっうっ……」 感動のあまり、俺は嗚咽を上げて泣きじゃくってしまった。 「ち、ちょっと泣かないでよ。こんなことくらいで……」 「いやいや、男子高校生三種の神器には、一生縁がないと思ってたから……」 「三種の神器?」 「女の子の手作り弁当、バレンタインデーの本命チョコ、誕生日プレゼントの手編みセーター! この三つを称して、三種の神器と呼ぶのですッ!」 誰が呼んでいるのかは俺も知らんが、ともかく俺の中ではそうなっている! 「ああッ、今日は最高の日です。お父さん、お母さん。俺を生んでくれてありがとう!」 「ふ、ふーん。よく分からないけど、そんなに喜んでもらえるならよかったわ」 俺の感動ぶりに、ルイズは満更でもなさそうに言った。 「はッ!? そ、そうか、そうだったのか!?」 「え?」 「ちょっとこっちに来てくれ、ルイズ」 「こっちにって……! もうすぐ授業始まっちゃうってば! サイト!?」 教室じゃ何なので、俺はルイズを屋上まで連れていった。 「ごめんよ、ルイズ。君の気持ちに気づかないままで……」 「さ、サイト? な、な、何真面目な顔して……」 戸惑い気味のルイズに、俺は尋ねかけた。 「お前、俺のこと好きなんだろ?」 「なッ!?」 「だから今朝、中野からの告白を断った。そうだろ?」 そうか、そういうことだったんだな……。俺のことが好きだったから、中野の気持ちには 応えられなかったんだな。 「ち、違うもんッ! あれは……!」 「そんな言い訳いらないさ。さあ、ルイズ……!」 「サイト……」 腕を広げた俺の顔を、ルイズはじっと見つめて……。 ドゴォッ! 「バカッ!」 「ぐがッ!」 お、俺の股間に膝蹴りが決まった……。 「ぐおおおおお……! お、俺の股間の夢工場が……!」 「だ、誰があんたをす、す、好きなのよ!? 全く笑えない冗談だわ!」 苦悶にあえぐ俺に、ルイズは真っ赤になりながら怒鳴りつけてきた。 「一つ教えてあげる! 冗談も過ぎると命取りになるの! 分かった!?」 「……勉強になりました……」 「全く! 馬鹿なこと言ってないで、教室に戻るわよ!」 「ふぁい……」 すっかり怒ってしまったルイズは、早足で屋上から中へ戻っていった。く、くそう…… 少し焦りすぎたか……。もっと落ち着いてから質問すればよかった……。ああ、すっげぇ 痛い思いをしてしまった……。 反省しながら俺も教室に戻ろうとした時……扉の陰に春奈とシエスタがいることに気がついた。 あんなところで、授業が始まる前に二人は何をやっているんだ? 「……見ましたか、ハルナさん?」 「ええ、しっかりと。これは……由々しき問題ですね。何とかしなければ」 ……な、何をやってたんだ? まさか……さっきの俺とルイズのやり取りをこっそり見ていたんじゃ……。 異様な威圧感のあるシエスタたちに対して、俺は知らず知らずの内に怖気づいていた。 教室に戻ると……中野がとんでもなくショックを受けたような顔をしていて、次いで俺に 一瞬恨めしい視線を向けた。 げッ……そ、そういえばルイズに振られた張本人がいるんだった……。さっきの、俺が手作り弁当を もらうところを目撃したに決まっているよな……。き、気まずい……。 俺は針のむしろにいるような気分になりながらも、その日の授業を受けたのであった。 そして夜遅くに、自室にいたところにゼロに呼びかけられた。 『才人! 外で何か異常が起きてる!』 「えッ、何だって!? 本当か!?」 『外を見てみろ!』 促されて、窓を開け放つと、俺の住む街に怪しい霧が掛かっていることに気がついた。 「霧……? 今日は晴れだぜ……?」 『ただの霧じゃないぜ。マイナスエネルギーの異様な高まりを感じる……。こいつはマイナス エネルギーの実体化だ!』 マイナスエネルギー……! 俺も話には聞いたことがある。人間の怒りとか嫉妬とか、 負の感情から生じる良くないエネルギーだとか。あのヤプールのエネルギー源でもある。 このマイナスエネルギーが高まると、怪獣が出現しやすくもなるらしい。 ということは……。俺の嫌な予感は的中してしまった。 街に漂う霧に投影されるように青い怪光が瞬くと、一体の巨大怪獣の姿が不気味に浮き上がったのだ! 「ウオオオオ……!」 「あいつは……!」 まっすぐ直立した体型にピンと立った大きな耳、手の甲は葉っぱのような形状で、腹には幾何学的な 模様が描かれている。生物というよりは、何かの彫像みたいだ。そして二つの目から、何故か涙をこぼしている。 データには、硫酸怪獣ホーとある! 「またまた怪獣か……! 行こうぜ、ゼロ!」 俺は怪獣と戦うために変身しようとしたが、それをゼロ当人に止められた。 『待て、才人! あの怪獣、まだ実体って訳じゃないようだぜ!』 「えッ? どういうことだ?」 『奴はマイナスエネルギーの結晶体の怪獣みたいだが、肉体が完全に固形化してないんだよ。 いわば中間の状態だな』 と言われても、俺にはよく分からないが……。 と、その時、怪獣ホーの姿が一瞬揺らぎ、あの中野の姿が見えたような気がした。 「今のは中野……!?」 『俺にも見えたぜ。気のせいとか幻とかなんかじゃねぇ。あの怪獣はどうやら、中野真一の 負の感情が中核になってるみたいだ!』 な、何だって!? 中野の感情は、怪獣になるまで大きかったのか……! というかそうなると、 ホーの出現の原因の半分は俺ってことになるのか!? 俺があいつを尻目に、ルイズから弁当を 受け取ったりしたから……。 さすがに中野の感情の化身を闇雲に倒すのは目覚めが悪い。ホーの核があいつっていうのなら、 中野を説得して怪獣を消し去ろう! 「中野に、怪獣を消すように説得をしなくちゃ!」 『ああ!』 俺は遮二無二部屋を飛び出し、中野の家の方へと大急ぎで走っていった。ホーにまだ暴れる 様子はないが、いつまで続くかは分からない! しかし中野の家にたどり着く前に、夜の街の中で肝心の中野を発見した。何故か、矢的先生と一緒にいる。 「真一、聞こえるか? あの怪獣の鳴き声は、お前の声だ! 夢の中でお前が作ってしまった怪獣だ! 憎しみや悲しみ、マイナスの感情を吸収して、あそこで泣いてるんだ!」 先生は中野に向けてそう告げた。先生もホーの正体を見抜き、俺よりひと足先に中野を説得して、 怪獣から解放しようとしているのか? 民間人のはずの先生が、そんなことまでするなんて……。 そんなにも生徒のことを考えているのだろうか。 話がややこしくならないように、俺は物陰にこっそりと隠れながら話の行方を見守る。 そして矢的先生は、中野に対して語り出した。 「愛しているから、愛されたい。愛されなければ腹が立つ。でも、本当の愛ってそんなちっぽけな ものなのか? 人のお返しを期待する愛なんて、偽物じゃないかな」 ……矢的先生……。 「想う人には想われず! よくあることだぞ。先生だってそんなことあったよ」 「先生も?」 「うん。……故郷にいた頃、本当に好きな女の子がいてなぁ、その子のためなら、何でもしようと思った。 その子、楽器欲しがってたんだ。先生どうしても買ってあげたくてさ、必死になってバイトした! だけどな…… 二ヶ月目にやっと手に入れた時には、遅かったよ。その子には、新しい恋人が出来てたんだ。悲しかった……。 悔しかった。憎かったよ! だけどな、先生そのままプレゼントしたよ! その楽器が、先生の本当の心を、 鳴らしてくれると思ってな。それで終わりだよ……! 今はもう懐かしい思い出だ」 先生に、そんな苦い思い出があったんだな……。 『……何だ? どこかで聞いた話のような……』 何故かゼロが首をひねっていた。 自分の過去を話した先生は、改めて中野に呼びかける。 「真一、あの怪獣を作った醜い心が、お前の本当の気持ちなんて先生思わないぞ。今にきっと お前にも分かる!」 しかし、中野は、 「分からないよ! 俺、憎いんだ! 悔しいんだよぉーッ!!」 その絶叫に呼応するように、とうとうホーが完全に実体化して暴れ始めた! 「ウアアアアアアアア!」 地団駄を踏むように行進して、近くの建物を薙ぎ倒す! 「くそッ、結局こうなっちまうのか……!」 『仕方ねぇ! 才人、怪獣を止めるぜ!』 「ああ! デュワッ!」 俺は街を守るためにゼロアイを装着して、ウルトラマンゼロに変身した! 『やめろ、ホー!』 巨大化したゼロはすぐさまホーに飛びかかっていって、押さえつけて街の破壊を食い止めようとした。 「ウアアアアアアアア!」 けれどホーは暴れる勢いを止めようとしない。その両眼から涙がボロボロと飛び散り、 一滴がゼロの手に落ちる。 途端に、ゼロの手がジュウッと焼け焦げた! 『うおあぁッ!? あぢッ、あぢちちちッ!』 反射的にゼロは手を放してしまう。 『ゼロ、ホーの涙は硫酸なんだ!』 『くそッ、何て迷惑な奴なんだ……!』 「ウアアアアアアアア!」 ホーはわんわん泣きわめき、辺り一面に硫酸の涙をまき散らす! 何て危険な! 『や、やめろ! くそぉッ!』 阻止しようにも、涙の勢いは雨あられで、ゼロも容易に近づくことが出来ない! そして涙の一滴が、ホーを生み出した中野にまで飛んでいく! 『あッ……!』 「危ない真一ッ!」 それを助けたのは矢的先生だった。けど中野の身代わりに、先生が肩に硫酸を浴びて火傷を負ってしまう。 「先生……俺のために……!」 「そんなことより……怪獣を見ろ……! 奴は、ルイズの家の方に向かってる……!」 何だって!? 確かに、ホーはどこかに移動しようとしているように見える。まさか、 ルイズを殺そうってのか!? くそッ、それだけは絶対にさせるものか……! 「お前の潜在意識が、怪獣をルイズのところに行かせるんだ! お前は本当にルイズが憎いのか!? いいのかそれで!」 先生は大怪我を負ってもなお、中野を説得しようとしていた。矢的先生……! 「本当にそれでいいのか!? 真一ッ!」 先生の呼びかけに……中野も遂に応えた。 「消えろー! お前なんか俺の心じゃない! 消えろーッ!!」 中野は自分の憎しみを捨てた! 「ウアアアアアアアア!」 ……けど、ホーは消えない! それどころか、ますます凶暴になって暴れ狂う! 『ど、どうしてなんだ!?』 『ホーはもう、あいつの心から離れて独立した存在になっちまった! こうなったからには、 倒す以外にないぜ!』 くっそぉ……! だったら、とことんまでやってやるぜ! 俺たちは気持ちを重ねて、 ホーに立ち向かう! 『おおおおおッ!』 「ウアアアアアアアア!」 今度は硫酸にもひるまず、正面から間合いを詰めて打撃を連続で入れていく! が、ホーは ゼロの身体を掴んで軽々と投げ飛ばした! 『うッ!』 「ウアアアアアアアア!」 地面に打ち据えられたゼロに馬乗りになったホーは、両手の平で激しくゼロを叩く。 『ぐッ……! 調子に乗るなッ!』 自分の上からホーを振り払ったゼロだが、起き上がった瞬間にホーの口から放たれた火炎状の 光線をまともに食らってしまった! 『ぐああぁッ!』 痛恨のダメージを受けるゼロ! カラータイマーもピンチを知らせる! 『今の光線の威力……何てパワーだ!』 『人の心から生じたマイナスエネルギーを直接吸収して、力と憎しみが膨れ上がってるってところか……!』 マジか……! 人間の憎しみは、それだけのパワーになるってことなのか……! 同じ人間として、 恐ろしい気分になる……。 『だからこそ、負ける訳にはいかねぇぜ! とぉあッ!』 勇んで地を蹴ったゼロは、そのままウルトラゼロキックをホーにぶち込んだ! この必殺キックは さすがに効いたようで、ホーに大きな隙が出来る。 「シェエアッ!」 そこにワイドゼロショットが発射される! 直撃だ! 「ウアアアアアアアア……!」 しかし、ホーはワイドゼロショットを食らっても倒れなかった! ほ、本当にとんでもない奴だ……! 『だが、こいつで今度こそフィニッシュだぁッ!』 ゼロはひるまず、ゼロツインシュートを豪快に放った! 「ウアアアアアアアア!」 それが遂に決まり手となった。ホーの全身が赤い炎のように変わり果て、身体の内側から 輪郭の順に飛び散って完全に消え失せた。 やった……! ゼロの勝ちだ。ゼロは恐ろしい、人間の憎しみの心にも勝ったんだ……! ……今日もまた、才人は覚醒して身体を起こした。 「……本当の、愛……」 またしても夢のことはほとんどを忘れ去ってしまった才人だが……誰かが熱く語った 「本当の愛」についての内容だけは、記憶に残っていた。 そして日中、 「こらぁーサイトッ! あんたまた、わたしの見てないところでメイドとイチャイチャしてたそうね! しかも今度はクリスともだそうじゃない! この節操なしの犬! 一辺教育し直してあげようかしら!?」 ルイズはまた何か変な誤解をしたようで、怒り狂って才人に詰め寄ってきた。いつもの才人なら、 彼女の怒りから逃れようと必死に言い訳を並べていることだろう。 だが、今の才人は違った。 「なぁ、ルイズ」 「な、何よ? 今日はいやに落ち着き払って……どうしたっていうのよ? 何か変よ」 「愛しているから、愛されたい。愛されなければ腹が立つ……。本当の愛って、そんなちっぽけな もんじゃないだろう?」 困惑したルイズに、才人は夢で覚えた言葉を、すました態度で告げた。 「人のお返しを期待する愛なんて、偽物。お前もそう思わないか?」 ふッ、決まった……と言わんばかりに、格好つけた様子でルイズと目を合わせる才人。 果たして、ルイズの反応は、 「……知った風な口を利くんじゃないわよぉッ!」 余計に怒らせて、ドカーンッ! と爆発をお見舞いされた。 「ぎゃ―――――――――ッ!!」 「ふんッ! どこでそんな言葉覚えてきたんだか……!」 ツカツカとその場を離れていくルイズ。後には、黒焦げになった才人がバッタリと倒れ込んだ 姿だけが残された。 「ど……どうしてこうなるんだ……」 ピクピク痙攣した才人は、そうとだけ言い残して力尽きた。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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「アンリエッタ。お前は大きくなったらどんな王様になりたい?」 遠く祖先は始祖の直系に連なる、伝統あるトリステイン王国の国王であるヘンリーは、目に入れても痛くない愛娘にそんなことを聞いた。 城の内にこさえられた庭園。かのガリア王国のグラントロワにあるものにこそ劣るけれども、子供が遊ぶには十分な広さのあるそこ。 呼びかけられ、足を折り曲げ座していた幼い少女が振り返った。 あどけない、可愛らしい、天真爛漫、そんな言葉は彼女のためにあるのではないかと、父王が常々半ば以上本気に思っている彼の娘は、周囲に咲いた花が霞んでしまうほどの笑顔を浮かべて、元気に言った。 「みんなをしあわせにするおうさま!」 その答えを聞いて、国王はそうかそうかと満足そうに目を細めた。 「そうか。アンリエッタはみんなを幸せにする王様になりたいか。それはとても素晴らしいことだ。アンリエッタは良い子だね」 アンリエッタは、父親のことが大好きだった。 けだかく、そうめいで、ほこりたかい、それらの言葉の意味はさっぱりわからなかったが、父親が世界一の王様だというのはしっかりとわかっていた。だから、世界一の王様にそう言われて、アンリエッタはみるみうちに頬をリンゴのように紅潮させた。 「あのね! わたし、わるいひとたちをみんなやっつける、せいぎのおうさまになりたい!」 それを聞いてそうかそうかと父王が笑った。 娘のことが可愛くて仕方がない、そんなどこにでもいる父親の笑いだ。 けれどアンリエッタはそんな王様に誉められたのが、心の底から嬉しかった。 彼女はその場からぴょんと飛び跳ねると、先ほどまで作っていた花冠を頭に被った。 「みてみてとうさま! これであんりえったもおうさまだよ! わるいやつを、ばったばったとたいじする、せいぎのおうさま!」 そう言って彼女は、目に見えない剣でも握っているのかのように、手をぶんぶん振って「あくにん」を退治している様を父親に披露した。 そんな愛しい娘の様子に、王はますますそうかそうかとニコニコ笑った。 王道の先駆者として、最近おてんばと評判の娘をたしなめるのも必要かと頭の隅っこ方でちょろっと思ったが、娘の笑顔を見たらそんなことはどうでも良くなった。 「いいぞ、アンリエッタ。立派な王様になるんだ、私よりも偉大な王様にな」 そう、父は本音からのことを正直に言ったのだが、それを聞いた途に端、アンリエッタの顔がたちまち曇った。 「おお可愛い私のアンリエッタよ、一体どうしたんだい?」 「ちがうの、とうさまみたいなおうさまになるの」 「なるほど、私のような王になりたいか。とても嬉しいよアンリエッタ。だが、私はお前に、わしよりももっともっと立派な王様になって欲しいのだよ」 「どうして?」 「どうしてかなぁ……そうか、きっと私がアンリエッタのことを大好きだからだ!」 大好きと言われて、アンリエッタの顔に、再び天使の笑顔に戻ってきた。 彼女は父親に『大好き』と言われるのがとても好きだった。 「アンリエッタはどうだ? 父さんのこと好きかい?」 「だいすき!」 そして、『大好き』と言われた父親が喜ぶ顔がとても好きだった。 「そうかぁ……アンリエッタは父さんが好きかぁ」 「うん! おおきくなったらとうさまとけっこんする!」 「そうかぁ……結婚するかあ」 「ちゅーもする!」 「そうかぁ……ちゅーもしちゃうかあ……」 その言葉に、子煩悩な国王は、軽くトリップしかけたのであるが、アンリエッタはそんなことは露とも知らずに、元気良く言葉を続けた。 「とうさまがいうなら、とうさまよりすごい、すごーいおうさまになる! あくをたおすりっぱなせいぎのおうさまに!」 「ははは。いいぞ、アンリエッタ、その調子だ。勉強もお稽古もいっぱいして、私を超える偉大なる王になるんだ」 アンリエッタ五歳。 彼女がうろ覚えの呪文を適当に唱えて、その後の人生を大きく変えることになる者たちを呼び出してしまう前日。 そんな、春の頃の出来事であった。 ◇◇◇ ひょんなことから見知らぬ世界ハルケギニアに迷い込んだ少年。そしてちょっぴり(?)感情がストレートなご主人様の下僕というか、ペットというかな立場になってしまった、そんな彼。 つまるところ、現在の平民の使い魔を呼び出したことで絶賛物笑いの種になっているルイズ・フランソワーズの使い魔、平賀才人。 彼はふつふつとわき上がる怒りを抑えながら、授業が行われる魔法学院の講堂がある本塔の中にある、生徒たちの胃袋を一手に賄っている食堂から出てきた。 「なんだい、貴族貴族って威張り散らしやがって」 彼がそう思ってしまうのも無理はない。 貴族などとはとんと縁のない現代日本。生まれてこの方ずっとそこで生きてきた才人には、何となく『貴族』というものが悪いものだという認識が少なからずあったのだ。 『平民』をいじめる悪い奴、『貴族』。それは根拠も論拠もない、何となくの思い込みであったのだが、それを冷静に幼稚と思わないのが我らが平賀才人である。 「くそっ! こうなったら革命だ! または下克上! 天は人の上に人を作らず! 人間はみんな平等! 共産主義万歳! コルホーズソホーズレニングラードフルシチョフ!」 途中からは何となくそれっぽい単語を並べただけであるが、そういう具合に才人はとても怒っていた。 ことの起こりは今朝のこと。 実のところ、才人を呼び出したつるぺた桃色魔法少女ルイズは、魔法少女ではなかった。では何だったか? そう、彼女は魔法を使えない魔法使い『ゼロのルイズ』であったのだ。 魔法が使えないのに魔法使いというのもおかしな話なのだが、その辺は昨日、教室で起こしたルイズの失敗魔法の爆発に巻き込まれた苦い経験から、才人は身をもって知っている。 使えない言うよりは失敗する、彼女は落ちこぼれ魔法使いだったのだ。 折角の弱みである。それを知った才人は今朝、早速ささやかな仕返しを試みた。 『ルイズお嬢様。この使い魔、歌を作りました』 『う、歌ってごらんなさい』 『ルイズルイズルイズはダメルイズ。魔法ができない魔法使い。でも平気! 女の子だもん… …』 『………』 『ぶわっはっはっは!』 ……とまあ、そんなことを言ったばっかりに、今日のお昼はヌキである。 「はぁ、腹減ったなぁ……」 腹を抱えて、ふらふらと壁に手をついた。 「どうなさいました?」 そんな声が聞こえて振り返ってみると、そこには大きな銀色のトレイを持った、現実世界の方でもおなじみとなりつつある格好をした少女が二人立っていた。 服の色調は黒と白、頭にヘッドドレス、着ているのは俗に言うエプロンドレス。もっと端的に言うとメイドさんである。 冥土にあらず。 「体の具合でも悪いんですか?」 黒髪とそばかすが可愛らしい少女が、心配そうに聞いてきた。 「なんでもないよ……」 才人は左手を振って彼女たちを追い払おうと思った。 ご主人様のお仕置きされててごはんヌキ中だなんて、恥ずかしくて言えない! 「あら……あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 もう一人の少女がそう口にした。振った左手にあったルーンに気付いたらしい。 「あれ? 俺のこと知ってるの?」 「はい。ミス・ヴァリエールが平民の使い魔を呼んでしまったって、学院中噂になっていますもの」 そう言って女の子は笑う。その笑顔だけで周囲が一気に華やいだ気がした。 「君たちも魔法使い?」 「いいえ。私たちは平民です。貴族の皆さんたちのお世話をするのがお仕事なんです」 「へぇ、そうなんだ。俺は平賀才人。才人でいいよ」 「ヒラガサイト……なんだか変わったお名前ですね。わたしのことはアンリとお呼びください」 そう言ったのは髪の色は紫で、青い目をした少女。だが、何よりも目を引いたのは、その真っ白な肌。 加えて、彼女からは一種の気品のようなものが溢れており、見ているだけで人を清廉にさせる、そんなイメージがある少女だった。 そしてその横で、黒髪の少女も頭を下げて自己紹介をした。 「私はシエスタです。よろしくお願いしますね、サイトさん」 二人から自己紹介を受けた才人だったが、そこで彼のお腹がきゅうっと鳴った。 それを聞いてアンリがきょとんとした顔をして、シエスタが小首を傾げた。 「もしかしてサイトさん、お腹が減っているんですか?」 一方事情を察したのかそう聞いてきたシエスタに、才人は、 「……うん」 そう答えていた。 だって仕方がない。背に腹はかえられない。腹が減っては戦はできぬ。 武士でも貴族でもない才人には、食わねど高ようじなんて言ってられないのだ。 「でしたら、こちらにいらしてください」 言って、シエスタは才人の手を取って歩き出した。 才人が連れてこられたのは食堂の裏にある厨房だった。様々な調理器具が並んでおり、コックやシエスタたちと同じような格好をしたメイドたちが、忙しそうに働いている。 「じゃあアンリはお水とスプーンを用意してあげてください」 「はい。だそうですから。サイトさんは座ってちょっと待っててくださいね」 そう言って才人をテーブルにつかせると、二人は忙しそうに働いている他の人たちの輪に入っていった。 一人残された才人は、食堂の中をぼんやりと見回した。 みんな忙しそうに働いているが、切羽詰まっているような感じはない。 どうやら昼食も終わって、今は一段落がついたところらしい。 それにしても、と才人は思う。 食堂は広かった。育ち盛りの学生たちが共同生活をしているのだから当たり前だが、その『食』を支えているのがここなのだ。 そう考えると立派なのも大きいのも納得がいった。 つらつら思いを巡らしていた、そんなときだった。そこで突如としてガチャという乱暴な音を立てて、才人の前に皿が置かれていた。 「え、はえ?」 驚いた才人が見上げると、そこには……メイドというにはちょっと目つきの悪い、金髪をショートボブくらいの長さに切り揃えた少女が立っていた。 彼女の服も、シエスタやアンリたちと同じメイド服。だが、その目の鋭さは尋常ではない。 彼女は開口一番、 「食え」 そう言った。 そこで初めて皿の上に目が行った才人は、ぽつんとパンが置かれていることに気がついた。 「……え?」 「察しの悪い奴だ。腹が減っているのだろう? 食えと言っているんだ」 皿に置かれたパンから、彼女が本気なのはわかる。 だが、なんでそんなに凄まれなきゃならんのか見当が付かなかった。 「アニス!」 彼女の名と思われるものを呼んで近づいてきたのは、スプーンとカップを持ったアンリだった。 「何をしているのですか! わたくしはパンをサイトさんにお持ちして頂戴とお願いしただけです。それをあなたは何を威嚇しているのですか!」 「しかし姫さ……」 言いかけた口を、アンリの手が恐るべき速さで塞いでいた。 「と、と、とっ!?」 アンリが手を放したことでフリーフォールを始めたスプーンとカップを、才人は手を伸ばして慌て掴んだ。 「すみません才人さん。ちょっと手が滑ってしまって」 滑ったって言うのか今の。 唖然とした才人が、ゆっくりとスプーンとカップをテーブルの上に置くと、その横から、音もなく湯気を立てたスープが入った皿がすっと置かれた。 「貴族の方々にお出しする料理の余りモノで作ったシチューです。良かったら食べてください」 シエスタだった。 「い、いいの?」 とは言ったものの、アニスと呼ばれた少女の口を塞ぎながら、笑顔で物陰に引っ込んだアンリのことがすごく気にかかる才人であった。 「ええ。賄い食ですけど……」 「……それじゃ遠慮なく」 気にはかかるが、それよりも空腹を何とかしたかった。 出されたシチューをスプーンで口に運ぶ。 うまかった。泣けてくるほどに、うまかった。 「美味しい、美味しいよ。これ」 「良かった。お代わりもありますから。ごゆっくりどうぞ」 才人は夢中になってシチューを食べた。シエスタは才人の向かいに座って、その様子をニコニコ見ている。 「随分とお腹が減っていたんですね。ごはん、もらなかったんですか?」 「ゼロのルイズって言ったら、ごはんヌキって言われた」 「まあ! 貴族にそんなこと言ったら大変ですわ!」 「なーにが貴族だよ。たかが魔法を使えるぐらいで威張りやがって」 「その通りですわ」 気付くと、いつの間にやら隣の席にアンリが座っていた。 「魔法が使えるから偉いわけでも、貴族だから偉いわけでもありません」 「アンリ、あなたまで! そんなことを言っているのを貴族の方々に聞かれでもしたら……」 「でも事実です。貴族はたくさんの人を幸せにする責任があるのです。それを全うするために努力しているものが、貴族と名乗れるのです」 稟として言った彼女の言葉を聞いて、才人はポロポロと泣き出していた。 「うん、そうだよな。そうなんだよアンリ。貴族だから偉いんじゃなくて、立派な人だからみんなに尊敬されるんだよ」 思えばこっち、この世界に飛ばされてから、そんなことを言ってくれる人はいなかった。 だがどうだろう。目の前のメイドさんはその辺のことがきっちりわかってらっしゃる。なんとも立派なメイドさんであった。 「いやですわサイトさん。当然のことを言ったまでです」 才人と同じ目線でアンリが微笑む。 その笑顔が、才人には何とも言えず魅力的に見えた。 勢い、思わずその手を握ってしまう。 「さ、サイトさん?」 「そうだよなぁ。俺だってルイズが尊敬できるような立派な人間だったら、喜んで尽くしてるよ」 「あらでもサイトさん。ミス・ヴァリエールは立派な方ですよ」 「どこが? あんな高飛車高慢ちきで人を人とも思ってないような女が」 「それは人の一側面でしかありません。あれで彼女、強い責任感と高い志を持った立派な貴族なんですよ」 「えぇー?」 「ふふふ。きっと暫く一緒にいれば、サイトさんにも彼女の素晴らしさがわかってきますよ」 シチューを二回、パンを一回お代わりして、才人は心底満ち足りた顔でスプーンを置いた。 「ふう、ごちそうさま」 『『どういたしまして』』 「美味しかった。ホント、生き返りました、はい」 「良かった。お腹が空いたら、いつでも来てくださいね。私たちが食べているものでよろしければいつでもお出ししますから」 言ったのはシエスタである。 才人はその言葉が有り難かった。あんなご主人様の元では、またいつ何時こんな目に遭うかわからない、そういう意味では彼女の申し出は渡りに船だった。 けれど、その厚意に簡単に甘えてしまうほどに、才人も厚かましくはない。 「いやでもそんなの……悪いよ」 「いいんです。料理は美味しいと言ってくれる人に食べて貰えるのが、一番なんですよ」 嬉しいことを言ってくれるじゃないの。 才人はアンリに続いてシエスタにもホロリとしてしまった。 どうやらこっちに来てから涙腺が緩くなってしまったようだ。 「ど、どうしたんですか?」 「いや……。俺、こっちに来てこんなに優しくされたの初めてで……思わず泣きが入りました」 「そ、そんな、大げさな……」 「おし決めた。受けた恩は返さなきゃ人間じゃないよな。俺に何かできることがあったら言ってくれ。手伝うよ」 ルイズの下着の洗濯なんかはまっぴら御免だったが、彼女たちの手伝いならしたかった。 「なら、デザートを運ぶのを手伝ってもらってはどうでしょう」 アンリが微笑んで言った。 「おうっ、任せとけ!」 才人は大きく頷いた。 大きな銀のトレイに、デザートのケーキが並べられている。才人がそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつまみ、一つずつ貴族たちに配ってまわる。 その中に、金髪の巻き髪にフリルのついたシャツを着た、気障なメイジがいた。薔薇をシャツのポケットに挿している。絵に描いたようなお貴族さまであった。 そんな彼の周りを友人たちが取り囲み、口々に彼を冷やかしていた。 「なあ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ? 教えろよギーシュ!」 中心に座る気障なメイジは、ギーシュというらしい。 「つきあう? 僕にはそのような特定の女性はいないのだよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 自分を薔薇に例えてやがる。気障の上にナルシスト、救いようがない。いっぺん死ねと思いながら、才人は彼を見つめた。 そのとき、ギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスの小壜である。中では紫色の液体が揺れている。 気に入らない奴だが、落とし物は落とし物。教えてやろう。 「おい、ポケットから壜が落ちたぞ」 しかし、教えてやったというのにギーシュは振り向かない。 無視かよ。才人はムッとして銀のトレイをシエスタに渡し、床に転がった小壜を拾った。 「落としもんだよ、色男」 壜をテーブルの上にどんと置く。するとギーシュは憎々しげに才人を見つめると、それを手に持ち才人に押しつけた。 「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね」 そこでその小壜の出所に気付いたギーシュの友人たちが、大声を出した。 「おお!? その香水は、もしやモンモランシーの香水じゃあないのかな?」 「まさしくそうだ! その鮮やかな紫は、彼女が自分のためだけに調合している香水だ!」 「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちたってことは、お前はモンモランシーとつきあっているということだな!?」 「ち、違う! 彼女の名誉のために言っておくが……」 否定しようとしたギーシュであったが、 「ギーシュさま、ひどい!」 そこで新たなる第三者の登場である。 少し離れた席で立ち上がったのは、ギーシュやルイズとは違う色のマントをつけた、栗色の髪をした可愛らしい少女だった。 マントの色からすると、一年生だろうか。 「やはり、ミス・モンモランシーと……」 「落ち着くんだケティ。いいかい、僕の心に住んでいるのは、君だ……」 「聞きたくありません!」 ケティと呼ばれた少女は、その場でポロポロ泣き出してしまう。 そしてそのまま棒立ちをしているギーシュにつかつかと近づいてくると、彼女は思いっきりギーシュの頬をひっぱたいた。 強烈にスナップを効いている。これは痛い。 「さようなら!」 そう言い放つと、ケティは踵を返して食堂を出て行ってしまった。 ギーシュはその間、呆気にとられた表情で張られた頬をさすっていた。 すると、少し離れた席で、また一人、別の少女が立ち上がった。 今度は金髪を縦巻きロールにした少女だ。ベルサイユのなんちゃらみたいな、見事な巻きっぷりである。 彼女はいかめしい顔つきで、かつかつかつとギーシュの席までやって来た。 「やっぱり、あの一年生に手を出していたのね?」 「モンモランシー、君は誤解している。彼女とは一緒にラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」 「うそつき!」 そう言うと、彼女もまたギーシュの頬を強烈に張った。 今度はケティとは逆の頬だ。 これがあれか、『右の頬をぶたれたら、左の頬を』って奴か、怖えなぁ。対岸の大火事を眺めながら才人はそんなことを思う。 「最低!」 モンモランシーはそう怒鳴ると、ケティと同じように食堂の外へと去っていってしまった。 何とも言えぬ、気まずい沈黙が周囲に流れる。 ギーシュはひとしきり両方の頬をさすると、首を振りながら芝居がかった仕草で言った。 「は、はは。あのレディたちは、薔薇の存在理由を理解していないようだ」 精一杯虚勢を張っているが、その声はどうしようもなく震えていた。 一生やってろ、才人はそう思い、シエスタからトレイを受け取って再び歩き始めた。 と、そんな才人を、ギーシュが呼び止めた。 「待ちたまえ」 「なんだよ」 ギーシュは椅子の上で体を回転させると、すさっ! と足を組んだ。その一々キメを作るあたりに頭痛を感じる。 「君が軽率に壜を拾ったりなんかするから、二人のレディの名誉に傷がついてしまった。どうしてくれるんだね?」 「八つ当たりかよ」 どこをどう聞いてもそうとしか聞こえなかった。 「二股かけてたお前が悪いだろ、明らかに」 才人はギーシュのまねをして、わざと大仰に肩を竦めて見せた。 その仕草と言いぐさがツボに入ったのか、ギーシュの友人たちがどっと笑う。 「彼の言う通りだギーシュ! お前が悪い!」 「まったくもってその通りだ!」 笑いものにされたギーシュの顔に、赤みがサッと差す。 「いいかい? 給仕君。僕は君が香水の壜を置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があっても良いだろう?」 「んな機転できるか! 俺はお前のママじぁねえ! どっちにしろ二股なんてそのうちバレるっつの。あと俺は給仕じゃない」 「ふん、言ってくれるじゃないか。……ん? ああ、よく見れば君は……」 そうしてギーシュは、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。 「君はそうか、確かあのゼロのルイズが呼び出した平民じゃないか。なるほど、平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。今回の件は特別に許してあげよう、行きたまえ」 青筋を立てながら言うギーシュの言葉に、今度は才人がかちんときた。 「うるせえキザ野郎。一生薔薇とママのおっぱいでもしゃぶってろ」 これを聞いてギーシュの目が残忍に光る。 「どうやら君は貴族に対する礼がなっていないようだ」 「あいにく、貴族なんか一人もいない世界から来たんでね」 我慢の限界が近いのか、ギーシュのこめかみがぴくぴくと動いている。 「どうやら君には、主人に代わって躾をしてやる必要があるようだ」 「はっ、うるせえ。ごたごた言ってねえでさっさと始めろよ。やるんだろ? いいぜ、『ママ~』って泣かしてやんよ」 その一言によって、ギーシュの堪忍袋の緒がブチィッ!と切れた。 「よせギーシュっ! ここはまずい!」 「せめてやるなら広場で!」 そんなふうに周囲が制止するのも聞かず、ギーシュは手にした杖を振りかぶり、 「ワルキューレ!」 そう叫んだ。 気がついたとき、才人は固い床の上に転がっていた。 「……ってぇ」 顔の右側が異様に熱い。それに口の中も鉄臭い。 「いい加減にして! 大体、決闘は禁止じゃない!」 「禁止されているのは、貴族同士の決闘のみだよ。平民と貴族の決闘なんか、誰も禁止していない」 「そ、それは、そんなこと今までなかったから……」 「ルイズ、君はそこの平民に惚れているのかい?」 「誰がよ! やめてよね! 自分の使い魔がみすみす怪我するのが放っておけないだけよ!」 そんな声が聞こえて来て、才人はガクガク震える足をなんとか手で押さえて立ち上がった。 「サイト!」 そうやって立ち上がった才人の姿を見て、ギーシュと口論していた誰かが、悲鳴のように名前を呼んだ。 顔を上げて、その声の主を見る。 それは、これまで見たこともないような顔をしたルイズであった。 「へ、へへ……やっと俺のこと、名前で呼んだな」 後半へと進む